第三話 悲惨な街
〜前回のあらすじ〜
アクロに行くことになりました。
◀ ◇ ▶
話し合い―――と言えるのかはわからない会合のあと、俺たちのパーティは旅の準備を進めていた。
といってもまた戻って来る予定なので、必要なものだけを持っていく感じだ。
俺の持ち物は、財布と杖と日本刀と、着替えと飲み物。
部屋でそれらを準備して、屋敷の玄関に行く。
一番乗りで誰もいなかったが、すぐにノアとセトが来て、その後リュナとシエラが来た。
「あれ?みんな早くない?」
「お前らが遅いんだよ。」
「そう?まあ、これで全員集合かな。
じゃあセト君、よろしく。」
「我か。」
いつもの便利機能、【空間転移】によるテレポートで移動となった。
セトの足元を中心に展開された魔法陣に全員が乗ったところで、強まる光に包まれて視界は真っ白に。
光が弱まっていって、だんだんと視界が晴れてきた。
だが、俺の――俺たちの目の前に広がっていた景色は、錚々たるものだった。燦々たるものだった。
これまで幾度とともに被害を受けていて、俺たちが出発した時も各地で工事が行われていた街。
ミカエルによって破壊されかけ、占領され、ザドキエルにも破壊されかけ。
ディボスに包囲され、ノアに薙ぎ払われ、ネイトに喰われ。
思ってみれば今までもとんでもないイベントが絶え間なく起こり続けて、それでもなお立ち上がってきたアクロが。
俺がこの世界に来て初めて辿り着いた、故郷と言ってもいいような街であるアクロが。
大切な仲間が何人もいるアクロが。
そこに広がっていた和やかな雰囲気も、特に何の異変もなかった中世ドイツ風の街並みも、そこにいたであろうはずの元気な人々も、何もかもが、破壊されていた。
建物は見る影もなく蹂躙され、もはや骨組みさえもほとんど残っていないような、瓦礫の山があたり一面に広がっていた。
きれいに舗装されたブロックの歩道は粉々に。焼け野原となっていたのか、黒く炭化した瓦礫があちこちに落ちており、残り火があちこちに。
―――一体何が、ここで起こったのだろうか。
そんな疑問も浮かんでくるのだが、答えは火を見るよりも明らかだ。
まるで戦後のような有様。まさに、壊滅や蹂躙と言った表現がピッタリと当てはまる。
「これは…………」
「ひどい……」
セト以外は息を呑む。
街にテレポートした瞬間にこの光景を目の当たりにして、平静が保てるだろうか。
常人ならば、混乱するか狂気になるか、嘆き悲しむか。
俺たちは何度も大きな戦いの経験もあり、イリオスの件で人間のあっけない死を目の前で見ていた事もあって、精神がやられることはなかった。
それでも人間として、無慈悲な訳では無い。
このまま道のど真ん中で突っ立ってても何もわかりゃしないから、俺は自己判断でギルドの方へと走っていった。
走る俺の後を付いてくる皆の足音とともにギルドの前まで来て、そのままの勢いでドアを開ける。
ギルドの建物の外観はボロボロだったけれど、見た限り原型を留めている数少ない建物の一つ。
ギルドの中は、大勢の人がいた。老若男女、明らかに普通の市民だろうという人が大多数だった。
床には布が乱雑に敷かれ、一人一人が狭いスペースで暮らしているかのようだった。
ドアを大きな音を立てて開けた俺が中に入ると、それに反応して半数くらいの人がこちらの方向を見た。
一斉に視線にさらされて思わないことはないのだが、問題は顔を上げたメンバーだった。
床に座っている人たちはほとんどが死んだような顔で放心状態。
顔を上げたのは、その中の十数人と、忙しなく立ち歩いていた人たちだった。
「「「ソラさん!!」」」「「「ソラ!」」」
リーダー、ノーマンさん、シュルツ、ヴィオ、セレス、ケイト、フィルト、ゼノン、カイ、そしてメグさんと、その他共。
顔見知りばかりだった。
「ソラさん、説明したほうがいいか。」
リーダーが駆け寄ってくる。
その後に続いてノーマンさんとメグさん、後その他共も。
「幹部の襲撃ですよね。で、今この状況は?」
「ここは避難所になっていて近くの人たちが避難してきているんだ。現在アクロには合計で四カ所の避難所が。」
「ソラさん、私たち冒険者は避難所を回って支援をしてる。
できれば手伝ってほしいんだけれど、戻ってきたばかりで行けるかい?」
「勿論。」「力になりたい!」「私も行きます!」「私も!」「我も協力してやろう。」
「ありがたい。今から避難所の場所を教えます。」
そして、避難所の場所を聞いた。
一カ所目はここ、冒険者ギルド。
二カ所目が、以前ミカエルの占拠の際俺が乗り込んだ、大聖堂。
三カ所目、直接アクロの行政を担当している、いわば町長のような人物の屋敷。
四カ所目は、意外な場所だった。―――幽霊屋敷。以前クエストか何かで俺たちが調査に行った、あの屋敷だ。あんなところ、すぐに崩れてしまいそうだったのによく耐えられたな。というかあの不清潔さだと、衛生環境とか問題があるんじゃないか?
他の場所を聞いた時俺は幽霊屋敷が気になったので、俺とリュナでそこに行くことに。
ノアとセトが町長の屋敷、シエラとメグが大聖堂の担当に。
俺とリュナは、走って幽霊屋敷の方角へと向かっていった。
瓦礫がゴロゴロと転がり、火の粉や灰、砂煙が立ち込める道を駆け抜けて、幽霊屋敷を目指した。
暫く走っていくと、幽霊屋敷に到着。
相変わらずのボロボロの見た目だが、周りの家々が軒並み破壊されているこの状況からしたらまだこっちのほうがマシに思えてくる。
開け放たれている門から敷地内に入る。
だが――
「あれ?入れないぞ?」
「ソラ君、ここに結界が張ってある。それも、対物理方式の上位結界が。前はこんなことなかったのに。」
「対物理方式ぃ?なにそれ。」
「対人結界と、対物質結界を組み合わせたやつ。相当昔に張られたみたいだけど、私の【森羅万象】じゃ解けない。」
「俺の【諸行無常】は………あ。」
俺がダメ元で結界破壊のイメージをしてみた途端に、まるでガラス細工が割れるかのように、パリーンという音と共に結界は崩れ去った。
これで入れる!と思ったけど、そうは問屋が卸さない。
『フフフフフ。あれあれぇ?お兄さんじゃん。久しぶりだねぇ。』
そんな声が、どこからともなく聞こえてきたのだ。
その声が聞こえてきた途端にリュナは頭を抱えて怯え始めたけど、この喋り方、覚えがある。
『まさか、この結界、お兄さんが破ったの?すごいね、すごいよ。あの魔獣共の大軍でさえ突破できなかった結界なのに。』
『フフ。フフフ。で、お兄さん。中にいる人たちのことなら、みんな無事だよ。』
「中に入らせてもらえないか?」
『いいよいいよ、大歓迎だよ。』
『フフフフフ。』
歓迎されたので、お言葉に甘えて俺はそのまま突き進む。
リュナが「置いていかないでぇ」と、さっきの様子とは一変、まるでお化け屋敷に入った子供のように怯えていた。
思い出してみれば、リュナはあの時他の幽霊にいじめられてたんだったな。
『お兄さんとイケメンがあの扉を壊してくれたお陰で、僕たちはこうして外に出られてるんだから、ほんとに感謝だよ。』
「あの扉―――壁に偽装した隠し扉か?」
『そうよ。フフ。あれが、霊化した私たちを閉じ込めてた原因だったからね。フフフ。』
『僕たちが街の人たちを助けられたのは、お兄さんのおかげと言っても過言じゃないんだ。』
二人(幽霊だったらどう数えればいいんだろうか)が言うには、あの時俺が見つけてセトが破壊した地下室の入口が、彼らの封印の要石になっていたのだそう。
それを破壊したから、彼らは自由に動けている。
つまりは、街の人たちをここに避難誘導したのも彼ら。
俺とセトの行動と彼らの自由が、そして彼らの自由と街の人たちの保護がイコールで繋がるのであれば、それすなわち俺とセトの行動は街の人たちの保護でイコールになるわけである。
まさかあそこでとった何気ない行動が結果としていいことになって帰ってくるなんて想像できただろうか。
少なくとも俺は気にしてすらいなかったと思う。
そんな考えをしながら歩いていき、広い部屋に着いた。
ちなみに、以前侵入した時にあちこちに散らばっていた、ガラスの破片や木片、セメント片、鉄筋などはまだまだ残ってはいるものの、きれいに掃除されて取り除かれていた。
「床、掃除したのか?」
『僕たちがしたわけじゃない。緑髪と、茶髪と、青髪のメイドみたいな三人が突然訪ねてきて、物資を渡すついでにここらへんのゴミを掃除していったんだよ。』
『私たち幽霊だから、掃除なんてできないんだよね。
フフフ。でも掃除してくれたお陰で怪我をする人も減ったからね。』
言い振りから察するに、ルミアとリアとリーベだろうか。
ロムバートさんもちゃんと対策をしてくれているんだなぁと思いながらドアノブを掴み、ドアを開けてみる。
部屋の中では、ありったけの毛布とパーテーションのような板がぎっしりと並べられていて、避難生活を余儀なくされた人々が避難生活を送っていた。
おそらく、こんな生活が他の三カ所でもあるのだろう。
一刻も早い建て直しを。そのために必要なことはなんだろうかと考えた。
いや、これは俺が考えてどうにかなるようなものではない。
『で、お兄さんはここまで来て何がしたいの?』
「あ、そうそう。これを渡せって。」
俺がポケットから取り出したのは、ゴルフボール大の小さくて軽い白いボールだった。
リーダーから、これを配るようにと大量に渡されていたのだ。
『これって、何?』
「わからん。」
『フフフ。お兄さんがみんなに分けてあげなよ。お化けの私たちが渡しても、逆に怖がられるだけだし。』
『それもそうだね。見たところは一人二つはありそうだし、配ってきなよ。』
勧められるままに俺とリュナはそのボールの山を抱え、部屋の中に入っていく。
廃人状態になりかけの人たち全員に二個ずつ、そのボールを渡していく。
ボールをもらった人たちの目はたちまち光を取り戻して、さっそくそれを使う人も出てくる。
ボールを地面に投げつけるとボールが真っ二つに割れて、その地面に何か物が出現。
ボールは再び閉じるという怪現象。
でてきたものには、ジュースだったりちり紙だったり、枕だったり小型テントだったり。
「リュナ、これって何の機能なんだ……?」
「これは自分が今一番欲している生活必需品が出てくるアイテムだね。
一度すると十一時間のブランクがあるけど、今の避難生活ではお役立ち間違いなし。」
「俺たちが使ったテントセットみたいな感じのやつか?」
「これは物資が出てくるタイプだから厳密に言うと違うけどね。」
「なるほど。」『便利なアイテムだねぇ。』『フフ。』
仕組みはわからないけど、避難生活に必要な物資が出てくるアイテムらしい。
これで少しでも改善されればいいのだが―――と思っていたら、あっという間に人々の顔に喜びが現れ、その場のどんよりとした雰囲気もだんだんと明るくなっていった。
この魔道具、恐るべし。
魔道具を全員に配り終わり、部屋から出た時だった。
『手際が悪い。もっと、多くの人を救えたはず。』
『ごめん……ごめんなさい……私が怯えてたせいで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
廊下の奥から、そんな声が聞こえてきた。
その声を聞いてリュナはさらに怯え始める。
「何!?また違う幽霊!?」
『フフフ。あれはね、他の子供だよ。お兄さんなら分かるでしょう?』
「確か犠牲になったのは五人だったよな。これで四人か?」
『最後の実験に使われた子はね、死んじゃったんだ。幼く小さな肉体に二つの魂が存在したら、当然押しつぶされちゃうよね。
だから、僕たち四人だけでここにいるってわけ。』
いつしか読んだ研究日誌の五番目の実験によれば、確か死者復活―――死者の魂を子供の体を依り代にして顕現させる儀式が行われていたはずだ。
それによって子供の肉体は膨張し、破裂。その際に魂ごと砕け散ってしまったんだろう。
『あ、俺たちを助けてくれた―――』
『ごめんなさいごめんなさい!せっかく助けてもらったのにヘマしちゃって……許して!ごめんなさい……!』
声はもうすぐそこから聞こえてくる。
一人は、感情のない少年の声。もう一人は、常に何かに怯えているような、謝罪の言葉を連呼している少女の声。
『フフフフフ。大丈夫だよ、お兄さんたちは手伝いに来てくれただけなんだから。』
『そうさ。お陰で逃げてきた人たちも元気になった。』
『怪我人は』
『あ、それもあったね。お兄さんたち、怪我人がいるところに案内するから、治療してもらえないかな。』
「それなら、リュナが治癒魔法使える。」
「ちょっと!?使えるし助けたいけど、まずこの幽霊たちをどうにかしてよ!」
『ごめんなさい、私があの時近寄ったせいで……許して、悪気があったわけじゃないの……私みたいな存在のせいで……ごめんなさいごめんなさいぃぃ!』
だめだ。この少女とリュナを引き合わせないほうがいい。
幽霊に怯えるリュナと、謝る少女。
仮にも神なんだから、幽霊くらい大丈夫だろと言ってやりたいが、前回ここに来た際にこの二人が来たことが原因だろうか。
「ほら、しっかりしろよ。神なんだから克服できるだろ?」
「たしかに神だけど……それでも今は成れの果てなの!」
「じゃ、大丈夫だ。ほら、仲直り。」
「別に喧嘩してるわけじゃない!
…………まあ、私もここで怯えてたら怪我人のところに行けないし……」
勇気を出して立ち上がるリュナ。聞こえてきた声からして、少年たちも安心したようだ。
『ほら、病室はこっちだよ。』
声が少しずつ離れていく。その声の方向に歩いていく俺とリュナ。
いくらルミアたちによって掃除されたとは言え、お世辞にも綺麗とは言えない廊下を歩いていき、ドアが並んでいる廊下まで辿り着いた。
『一部屋に八人くらいいるから、治療してあげて。』
並んでいるドアの数は六つ。つまり怪我人は、大体四十八人程度だろうか。
いや、避難している人たちの中にも、包帯をしていたりガーゼを当てている人たちは大勢いた。
あの人たちを軽傷とするなら、ここにいる人たちは相当な重傷だろう。
そのことはリュナも理解できていたようで、覚悟を決めた顔で、手前のドアのノブを掴む。
そのままドアを開けると、中には八人の重傷患者が。
見た限り、骨折や意識不明、部位欠損。
骨折は当て木と包帯で応急処置が。意識不明者はベッドに寝かされ、部位欠損をしている人々は、傷口を清潔な布で覆われ、しっかりと止血はされているようだ。
ルミアたちだろう。よほど頑張っていたみたいだ。
掃除に手当て、人々のメンタルケア。三人でやるには大変だっただろうけど、あの屋敷には三人以外にも使用人は居たはずだ。大勢で仕事したんだろうな。
「さすがに部位欠損は治せないけど……切断面を塞ぐくらいなら。
あと、幽霊たちに一つ聞きたいことがあるの。」
『なんでも聞いてよ。』
「―――意識不明の人たちは、ここに運び込まれてから何日が経過してるの?」
『そうだなぁ……大体五日くらい?メイドさん達がなんかしてたけど、それが三日前の話だね。』
先程までの、幽霊に怯えていた姿はどこへやら。怪我人を目の前にした途端に緊張感溢れる面持ちになり、処置を始めた。
「三日前……まだこの人たちは生きてるけど、このままじゃまずい。
脱水と栄養失調で死んじゃう。」
文明があまり発達していないこの世界、当然と言えば当然なのだが、点滴なんて概念はない。
魔法でなんとかなるのがこの世界の特徴だが、残念ながら魔力持ちも数少ないので処置が難しいのが現状だ。
意識不明になって三日四日も経てば、脱水で死ぬ。
人間、水なしで三日、食べ物なしで一週間しか生きられない。
意識不明の状態ならば、摂取もできない。
「最悪肛門から―――」
なんか今恐ろしいこと言った気がするけど。
肛門?尻から水分?
助かるためには仕方ないのだろうけど、そんなのやる側もやられる側も嫌だろう。何か手はないのか?
「リュナ、水に塩を少し混ぜて、口から少しずつ飲ませればいけるんじゃないか?」
「塩?」『なんで塩?』
「塩分の補給も必要だからな。水が気管に入るとだめだから、少しずつ。」
「その方法、やってみよう。幽霊たち、塩ある?」
『キッチンにあるけど、僕たちじゃ持ってこられないよ?』
「俺が取りに行く。水は魔法でいいな。案内してくれ。」
『フフフ。お兄さん、急に熱心だね。私が案内してあげる。』
その後、案内通りに廊下を進み、キッチンに到着。真新しい袋に入った塩があったので、それを抱えて廊下を走っていく。
リュナにその塩を渡して、同時に水も。
塩分濃度を気にしながら塩を少し混ぜて、リュ
ナはそれを少しずつ患者に飲ませていく。
それを意識不明患者全員に行って、ひとまず水分問題は解決。
リュナ曰く、もう後二日ほどで目を覚ますだろうと。
続いては、部位欠損の患者だ。リュナでも治療はできない、部位欠損。元通りに治せるのなんて、神の奇跡なんだそうだ。
いや、お前神だろ。
力を失って神もどきとなっているリュナは、とりあえず傷口の布を取って、治癒魔法をかける。
すると、みるみるうちに傷口は新しい皮膚によって塞がれていった。
できるのはこれくらいと言っていたが、十分すごいと思う。
その後は骨折患者の治療。骨折も完全には治せないが、復元を手助けすることはできるそうだ。
まず、内部で折れている骨の断面を接合し、そこに治癒魔法をかける。
これによって骨折の治りが早まるそうで、一連の流れを他の部屋の患者にも行い、リュナによる治療は一段落を迎えた。
その後、役目を果たした俺たちは、人々を守ってくれた幽霊の子供たちにお礼を言って、またギルドに戻ったのだった。
今回久々の長めの話です。
七千文字超え。四章で書いたっきりですね。
面白かったら、ブクマと評価、お願いします!
最近増えてて、すごく嬉しいです!頑張ります!