第二十五話 一騎打ち
カズト視点です。
―――魔王を俺の世界に引き込んだ。
なぜ神之権能持ちの相手にユニークスキルである【空々漠々】が効いたのかは分からない。
けど、この状況まで引き込んだら後はこっちのものだ。
「ここは―――」
今俺とラファエルがいるのは、【空々漠々】で創った異空間の中。
景色は雪の朝のビル群だ。
相手は炎を使うから、気温も調整しておいた。ソラたちが戦っている間に準備した、この舞台。
今までことごとくボス相手には負け続けてきたが、準備が万端の今だったら勝てる。勝てる気しかしない。
「ビル―――この街並み―――」
ラファエルは景色を見渡しながら何やら呟いている。
「どうかしたのか?ここは俺が生み出した空間だ。」
「お前が―――そうか。だからか。」
ラファエルが何を言いたいのかがまったく分からない。
何か意味を含んでいるようにも思えるし、ただ単に何の意図もなく呟いた独り言のようにも思える。
「――――――懐かしいな。」
「は?」
「懐かしいんだよ、この景色が。」
景色が懐かしい?どういうことだ?
「どういう意味だ」
「そのままだよ。この景色。七百年ぶりくらいか。
ここにいれば、自分が魔王なんだと言うことを忘れてしまいそうだ。」
「何故だ?」
俺は何も意味が分からずにそう聞く。
実は頭の片隅に一つの説が浮かび上がっている。でも、それを信じきれない自分もいる。
「何故か、そうだな。それを説明しないとだよな。」
そうして、ラファエルは語り始めた。
「あれは―――今から大体七百年前のことだ。」
◀ ◇ ▶
当時十歳だった俺は、漁師だった親父が仕事をしている姿が大好きだった。
それと同時に、釣りが好きだった。
真夏でも、真冬でも、毎週日曜に釣りに行っていた。
親父と釣りをするのは楽しかった。そしてその魚を食べることも楽しかった。
―――だけど、とある冬の日、それは起こったんだ。
釣り場に極稀にいる、マナーの悪い釣り人たちに親父が注意をしたんだ。
釣り初心者だったのかは分からなかったが、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋ってうるさくて、その声のせいで魚が逃げてしまう。
天候も波も申し分なくて釣り日和だったのに、その集団のせいで魚が釣れなかった。
親父が注意をしに行ったんだ。俺もついて行った。
その釣り人たちは若者だった。マナーの悪い若者というのは、注意をされれば素直に従うか、反抗するかのどちらか。
その釣り人たちは後者だった。
すぐに言い合いになった。親父は物静かな人で、言い合いをしている時も声を荒げることなく諭すように話していた。
反対に若者たちは、おっさんに偉そうに注意されて腹が立ったのか、親父の言うことを聞こうとはしなかった。
やがて、何を血迷ったのか若者のうちの一人が親父を殴った。
親父はブチギレ。当然だ。
その後あっという間に揉み合いになり、それをなんとか止めようとした俺は弾き飛ばされた。
その時中学生くらいなら止めようとはせず、周りの人に助けを求めただろう。でも俺はその時まだ十歳で、大人同士の喧嘩をどうしたらいいかなんて分からなかった。
揉み合いになった若者の身体が強く当たり、俺は後ろに押し出された。
後ろは、海だった。
俺は勢いのままに海に転落。
ぐるぐると回る視界は何も捉えることができず、頭に強い衝撃と痛みが走った直後に海に落ちた。
俺は防波ブロックに頭を打ち、冬の冷たい海に転落した。
お前も海難事故の恐ろしさは分かっているだろう。
頭を打ってさらに海に落ちたんだから、パニックになるのは当然のことだった。
でも、頭を打った衝撃で上手く動くことができず、どんどん視界はぼやけていった。
その時の感覚は今でも覚えている。
親父が何か叫んでいた気がするが、水中にいたせいで聞き取れなかった。
冷たい水に体温を奪われていく。頭の傷から血が流れていく。酸素が足りなくなってくる。冷静な判断ができなくなってくる。
その時俺が願ったのは、「暖まりたい。」「帰りたい。」。それだけしか、できなかった。願うことしか、できなかった。
―――そして、その願いは叶わなかった。
―――半分は。
視界は完全に白く染まり、頭も働かなくなってくる。
苦しい、冷たいといったことも考えられなくなってきて、もう死ぬんだと思った。
そんなときだった。
急に、頭の中に誰かが話しかけてきたんだ。
女性の声で。はっきりと。
《あなたの願い、私が叶えましょう。
ユニークスキル【気炎万丈】、スキル【環境影響無効】、【座標記録】を獲得しました。》
ユニークスキルだとか、スキルだとか。
その時の俺に、そんなことを考える暇はなかった。
その女性の声を最後に、俺の意識は暗く深い海の底へと沈んでいった。
―――再び目が覚めるなんて思っても見なかった。
その時の俺の姿はまったく違ったものだったが。
やや黄色がかった白髪に、鮮やかな黄色の目。背格好は今くらい。大体高校二年生くらいの背丈だった。
ちなみにもちろん、服は着ていた。まるで冒険者のような服だったけど。
俺は、ボロボロになっている村の噴水の前で目が覚めた。
その村の家は焼け、炭と石しか残っていない。村人らしき人は一人もおらず、道には赤い液体がところどころ付いていた。
見知らぬところで目を覚ましたのだから、俺は混乱した。
身長の差が大きいので目線と身体の動かし方に慣れるまで時間がかかり、その村の状況を理解するまでにも時間を要した。
よく見ると、あちこちに潰れた何かが落ちているのを発見した。
近づいて見てみると、それは人間“だったもの”だった。
俺は絶句した。初めて人間の死体を見たんだから、当然のことだろう。それもぐちゃぐちゃに潰れて、筋組織も脂肪も内臓も骨も血も一緒くたになった、人間の尊厳を踏みにじったような死体を見たのだから。
急に頭痛がしてきた。発狂した。あちこちを走り回った。
でも、そんな俺を誰かが止めてくれたんだ。
ボロボロの服を着た爺さんだった。
何故か言葉は通じたのだが、そんなことはお構いなしにと色々聞いた。
ここはどこか、何があったのか。その他にも色々聞いた。
爺さんは涙を流しながら答え、俺が全てを聞き終わってからあるところへと連れて行ってくれた。
何かの野営地のようなところで、騎士のような人々が忙しそうに行き交っている場所。
俺と爺さんの姿を見た一人の男が駆け寄ってきて、「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
その後はテントの中で処置を受け、大きな街に行った。
そこから色々あって、今こうして魔王としてお前の前に立っている。
◀ ◇ ▶
一人称が変わり、話し方も柔らかくなった。
それに、内容。異世界人。
「ラファエル、お前の名はなんだ。」
「それは―――俺に勝てたら教えてやるよ。」
ラファエルはレイピアを握りしめ、その刃に炎を纏わせる。
そして俺の身体の中心目がけて高速の刺突撃。
俺はスキル【緊急回避】でそれを躱し、距離を取る。
ラファエルはすぐに体勢を立て直して間髪入れずに二度目の刺突を繰り出す。
これも【緊急回避】で避け、俺は剣を抜く。
だが、ここで気づいた。あの炎は武器を溶かす。俺の市販の生半可な剣じゃ、受け止めることもできない。
どうしたらいいのか考える隙もなく、ラファエルによる三回目の刺突。
なんとか避けるが、このままでは攻勢に転じることができない。
《安心しろ、儂がついておる》
はあ!?誰!?
急に頭に響いて―――いや誰!?
《そんなことをゆうとる場合か。
ほれ、次が来るぞい。》
前を見るとラファエルの刺突が。
スレスレで躱し、急いで距離を取る。
というか、あなた誰!?
《それは後でじゃ。とにかく今は【暴大なる神秘】と唱えるんじゃ。》
え、わ、分かった。
と言ってもそれを唱える暇がない。
ラファエルの刺突を避けるのが精一杯で、今もまた五回目の刺突を躱した直後だ。
「ほらほらどうした!ここに隔離したということは、俺を倒すんだろう!
やってみろ!」
六回目の刺突。
服が焼け切れ、若干焦げ臭い匂いが漂う。
俺は全速力で逃げ、時間と距離を稼ぐ。
こんなときこそ冒険者家業で手に入れたスキル、【追い風】の出番だ。
【追い風】は足を速くするスキル。これを使うことで通常よりも速く走れる。
これで距離を取りつつ、頭の声との相談。
ビッグバンってどういうことだ
《技の名前じゃ。それを使えばあの若造を倒すことができる。》
でも俺魔力持ってないぞ?
《発動自体は儂の力だから大丈夫じゃ。お主は唱えるだけで良い。》
そ、そうか。
俺はそれを唱えるために刺突を避けながら距離を取り、ラファエルに向き合う形を取る。
突然の姿勢変更にラファエルも足を止めた。
そして自分の仮面に手をかけながら、叫ぶ。
「技か。見せてみろ!」
《ゆくぞ!》
「【暴大なる神秘】っ!!!!」
俺の前に突き出した手のひらからは小さな赤い光体がラファエルの方に高速で飛んでいって、ラファエルのはるか後ろに着弾。
直後、爆発。
ラファエルには届かなかったものの、あたりに莫大なる爆発と暴風、熱を撒き散らした。
「―――フフフ、凄い技だな!
おい、カズトだったか!
教えてやろう!俺の名は、伏見影人だ!」
そう言って、ラファエル―――エイトは仮面を取った。
その下から覗かせたのは、やや黄色っぽい白髪と、綺麗な黄色の瞳。そして、楽しそうな、それでいて悲しそうな表情だった。
《次じゃ!唱えよ!》
「エイト―――さようなら!
【暴大なる神秘】っ!!!」
手のひらから発射された高速の光体はエイトの足元に着弾。
刹那、エイトの姿は爆発の炎の中に飲み込まれていった。
エイトが最後に見せた表情―――白い歯を出して、俺に向かって笑った表情だった。
こうして、炎の力を操る魔王、ラファエル―――否、元紅蓮の勇者、伏見影人は、炎に包まれてその生涯を終えたのだった。
四話連続投稿、二話目です!
次回第二十六話は、十五時!
お楽しみに!