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第96話 絶望の航海 その四

 ハルゼー少将は、帰ってくる航空機を見て、ボソッと呟く。

「帰ってきた航空機の数が少なくないか?」

 それを聞いた参謀は、今しがた行われた真珠湾攻撃のことについて、包み隠さずに伝える。

「日本海軍航空隊と艦艇の対空砲による迎撃を受け、半数を喪失した模様です。戻ってきた航空機の数を見るに、損害は更に増えるものかと……」

 それを聞いたハルゼー少将は、震えるほどの握りこぶしを作っていた。

「やはり、航空機による攻撃は補助に過ぎなかったということか……」

 そういって、座っている椅子の肘掛けを強く叩く。

「ならば艦隊決戦だ! 戦艦と重巡洋艦を使って、パールハーバーを艦砲射撃する!」

「お待ち下さい! 戻ってきたパイロットの話によれば、主力艦隊ほどの艦艇があるようには見えなかったと報告が上がっています!」

「そんなことは関係ない! 攻撃対象はパールハーバーだ! ジャップの艦艇ではない! 我々がなぜここまで攻撃されているのか!? それはパールハーバーがあるからだ! ジャップはパールハーバーを自分たちの物にしている! だから取り返そうと執着するのだ! 基地としての機能を失わせれば、少なくとも我々の有利な方向に動く!」

「しかし、パールハーバーの周辺住宅に合衆国市民が残っている可能性もあるんですよ!?」

「そんな些細なことに気を取られている場合か!? 今我が国はジャップの侵略を受けているのだぞ!? そんな戯言が通じるのはジャップの領土を取ったときだけだ!」

 そういってハルゼー少将は、鼻息を荒くして命令する。

「戦艦と重巡洋艦は今すぐ艦隊から離れ、パールハーバーに迎え!」

 指揮官がこの調子では、すぐにフューリアス作戦は瓦解するだろう。

 それを危惧した若い士官が、声を上げる。

「ハルゼー提督! 意見具申します! 今、第8艦隊を分断させるのは得策ではありません! それでは敵の思うつぼです!」

「ならばどうするんだ!? 貴様に何か妙案でもあるというのか!?」

「平凡な考えならあります! 合衆国に戻りましょう!」

「馬鹿言え! それなら、ここまでで死んでいった仲間は無駄死にだったというのか!? 本土にいる彼らの家族に『無様に負けて帰ってきました』なんて言えるのか!?」

「そ、それは……」

「もういい! 貴様は二度と艦橋に上がってくるな! 誰か、コイツを連れていけ!」

 艦橋に上がっていた下士官が、若い士官の肩を掴まえて連行する。

 こうしてハルゼー少将の命令通り、戦艦と重巡洋艦で構成された打撃艦隊が、真珠湾へと進路を変える。

 日も暮れだした頃、ようやく真珠湾の入り繰りから南に五十キロメートルの所に到着する打撃艦隊。

「ここからでいい。接近しつつ、対地艦砲射撃を実施せよ」

「イエッサー!」

 主砲の照準が、真珠湾の方へと向けられる。

 その時だった。見張りについていた下士官が叫ぶ。

「九時の方向に艦影確認! 日本の戦艦と思われます!」

 その正体は、真珠湾から離脱した第一戦隊である。戦艦六隻のみという、まさにロマンに溢れた艦隊だ。

「敵さんの主力が現れたようだな」

 偵察していた九六式艦爆からの連絡を、山本長官が聞く。

「戦艦が八隻、巡洋艦が十隻と思われます」

「敵さんのほうが戦力としては上だな。だが負けてはおられん。距離は?」

「およそ三万です」

「よし。ならば砲撃は届くはずだ。砲撃戦用意」

「砲撃戦用意!」

 主砲が旋回し、主砲が空へと向く。

 アメリカ打撃艦隊と第一戦隊は、同航戦のような形になる。

「主砲装填よし!」

「仰角旋回角度よし!」

「準備よし! いつでも撃てます!」

「よろしい。撃ち方始め」

「撃ーッ!」

 交互射撃ではあるが、合計二十八門からの砲撃はすさまじい光景だ。辺り一帯に煙幕でも張ったような勢いである。

 砲弾は数十秒ほど空中を進み、ほぼ真上から落下してくる。

 水柱が上がり、その結果を知らせてくれる。

「砲弾、遠めです」

「いくつくらいだ?」

「下五百くらいですね」

「直ちに誤差修正、逐次発射」

「了解!」

 一方で、砲撃を食らったアメリカ打撃艦隊。

「敵からの砲撃です!」

「まだ遠い! 戦艦はジャップの艦隊を、重巡洋艦は対地攻撃を実施しろ!」

 こうして打撃艦隊は、さらに戦艦艦隊と重巡艦隊に分かれることになる。

「我々に宣戦布告したことを後悔させてやる……!」

 そしてアメリカ戦艦艦隊も準備が整う。

「撃て!」

 こちらも交互射撃で砲弾を撃つ。これでも物量はアメリカ側が多い。

 やがて砲弾は下を向き、海面へと吸い込まれる。

 着弾。アメリカ側の砲弾は手前側に落ちた。

 それを見た山本長官は、一つ命令を下す。

「全艦、面舵十度だ」

「はい?」

「敵は偏差修正して砲撃してくる。それの裏をかいて、我々は敵さんのほうに近づくのだ。そうすれば、敵さんの砲撃は我々の頭上を飛んでいく」

「そ、それはそうですが、敵との距離も近くなります。少々危険ではないですか?」

「少しくらい危険を伴わなければ、我々に勝利はないのだよ」

 そのように説得する山本長官。参謀は少し考えた後、納得する。

「了解しました。全艦に通達、面舵十度!」

「おもーかーじ!」

 しかし、船というものは簡単には曲がれない。特に、戦艦のような巨大な艦は、舵が効きだすのに数分かかることもある。

 これは敵の砲撃精度との戦いでもあるのだ。

 そして、どちらかが沈むまで戦う、まさに戦争の極限を体現した海戦である。

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