第93話 絶望の航海 その一
一九三八年十一月二十日。
太平洋の主力艦艇を軒並み撃滅させられたアメリカ合衆国。当然、ルーズベルト大統領は怒り狂っていた。
「なぜイエローモンキーごときに我々が敗北せねばならんのだ!? 我が国は建国以来初めて他国に領地を占領された! 屈辱という言葉では言い表せない怒りに私は打ちひしがれている! このままではフィリピンも奪われる! 何としてでもジャップの艦隊を壊滅させるのだ!」
こうして、米国海軍残存艦艇のうち四割に当たる艦を太平洋側に集結させる。
内訳としては、戦艦八隻、重巡洋艦十隻、軽巡洋艦十八隻、駆逐艦三十二隻、潜水艦三十五隻、正規空母四隻、護衛空母八隻、航空機七百五十機、その他後方支援艦等十隻。
これらを編成して第8艦隊とした。ルーズベルト大統領曰く、「世界一の大艦隊」だそう。
そしてルーズベルト大統領から第8艦隊に、無茶苦茶な作戦が提示された。まずはハワイ諸島の奪還。それから南下してソロモン諸島周辺の制海権の奪取。そこから北進してフィリピン周辺の防衛。さらに余力があれば、英領マレーへの艦砲射撃という、なかなかにトンチキな太平洋一周作戦を示してきたのだ。
大統領の命令ならば、これを無下にする訳にも行かず、結局この提示通りに事が運んでしまった次第である。
今回の太平洋航海を、海軍省はフューリアス作戦と命名した。
そしてこの日、フューリアス作戦が実行に移される。
「大統領は、この作戦名のように大激怒しているようじゃないか」
第8艦隊司令官のウィリアム・ハルゼー・ジュニア少将が部下に問いかける。
「我々の領土が占領されたのは、確かに悲しいことだ。しかし政治は、私情とは切り離して考えるべきではないかね?」
「その通りかと思います」
「まぁ、大統領の気持ちは分かる。俺だってこんな状況に置かれてしまっては、『ジャップのクソ野郎どもを皆殺しにしろ』としか命令できない」
そういって軍帽を脱いで頭をかく。
「実際、今回のフューリアス作戦はとにかくジャップの艦と戦力をできる限り削いで、我々の領土を取り戻すような作戦だ。世界一の艦隊を準備してもらった以上、それに見合う戦果をもたらさなければならない」
そういって、東太平洋を航行する第8艦隊を眺める。
「これで勝てなければ、合衆国に未来はないな」
そんなことを呟くハルゼー少将であった。
それから二日後。ハワイ諸島まで二百キロメートルのところに来た時だった。
前方を行く軽巡洋艦から、連絡が入る。
「北西方向より、航空機と思われる影を多数探知したとのことです!」
「数はいくつだ?」
「少なくとも百だそうですが」
「百だとすると、攻撃機が七十、護衛の戦闘機が三十といったところか……。それなら、こちらも同じ数だけ出す。戦闘機発艦準備!」
「戦闘機発艦準備! 空母に連絡!」
直ちに空母から戦闘機が発艦する。合計百機の戦闘機が、編隊を組んで北西方向へと飛んでいく。
その様子を遥か上空から眺めている機体が一つ。帝国陸軍から買い上げた、帝国海軍の一〇〇式司令部偵察機である。名前こそ一〇〇式とあるが、皇紀による命名ではなく一種の振り分けのようなものだ。
さてその一〇〇式司偵は、次のように打電を送る。
『米艦隊、地点ホより航空機発艦させり。四空に接近す』
四空とは、第四航空戦隊の略であり、龍驤、鳳翔、隼鷹、龍鳳を中心とした機動部隊である。この編成だと、百機もの航空機を出すのは予備を含めたほぼ全てを発艦させていることになる。
それには一つの作戦があった。
それは、一〇〇式司偵からの連絡を受けるための通信要員が必要だったのである。司偵からの連絡を受けた艦攻は、すぐ後ろを飛んでいた大編隊に発光信号で連絡する。
この大編隊にいる艦攻や艦爆は対艦兵器を装備しておらず、一種の囮として飛行していたのだ。
大編隊にいる九八戦以外の航空機は、第四航空戦隊のもとへと戻っていく。残ったのは九八戦五十機ほどである。
「敵さんは百機もの戦闘機を出しているらしい。こりゃ損害無しで帰るのは難しそうだ」
この九八戦の編隊を率いる杉田兵曹長は、冷静に分析する。
そして双方が会敵した。
ヘッドオンからの空中格闘戦が始まる。帝国海軍航空隊は数的不利に立たされるものの、それを補うほどの旋回性能を生かして、空中格闘戦を戦う。
捻り込みや旋回によって、あっという間にアメリカ機の後ろに張り付き、次々と撃墜していく。
それでもアメリカ機の数的有利には勝てない。九八戦もまた、一機、また一機と墜とされていく。
しかし、帝国海軍航空隊の善戦あって、アメリカ側の編隊の半分以上を撃墜することに成功した。
「駄目だ! これ以上の空戦は不可能だ!」
アメリカ側の航空隊長が音を上げてしまい、スタコラと退散してしまった。
「敵さんは帰っていくようだな……。深追い不要。我々も帰投する」
最終的な撃墜数だが、帝国海軍対アメリカ海軍で二十対六十五という数字になった。
しかし、数字以上に与えた影響というものは大きかった。
圧倒的に強い戦闘機が日本側にはある。
それを知らしめるのには十分だった。