第90話 ロシア対ソビエト
一九三八年十一月二日。
新生ロシア帝国とソ連との戦闘行為は、未だ止まることを知らない。
東部のほうは、事実上の国境が長大なため戦闘が発生するのは稀である。そもそも民間人すらほとんどいない。
その一方で、西部のほうはモスクワが近いため、ひっきりなしに戦闘が発生している。
戦闘が発生している場所は、トヴェリ━━この時代ではカリーニンと呼ばれている街の近くだ。今はヴォルガ川に沿って南進している状態である。
しかし、この南進もそう容易く進めるものではない。ソ連戦車による攻撃、砲撃による防衛網、そして無尽蔵とも言える歩兵の数。
ソ連が二分され、戦力も半分になったようにも見えるが、残念ながらそうはならないのが現実だ。この時代━━特に第二次世界大戦期は、ほぼ無制限に徴兵を行っているため、人的消耗が発生してもすぐに補填される。ソ連のことを「畑から兵士が取れる」と揶揄する所以である。
その前線での戦闘の様子だが、時代を間違えたかと思うほど近距離戦闘が勃発していた。お互いに、一人一つは持っているスコップで殴り合っている。その後ろから、小銃を持った兵士が撃ちあっていた。
ロシア帝国軍の戦車は、かなり後方で待機しており、虎の子扱いされている。現在新生ロシア帝国領土には戦車工場があまりない。そのため、ソ連時代の戦車を製造しようとしても、なかなか数が揃わないのだ。
そのような事情もあり、歩兵はどんな手段や武器を使ってでも、敵であるソ連兵を倒さなければならなくなっている。
「うおぉぉぉ!」
ロシア帝国兵は、スコップを片手に敵の前線に突撃している。たかがスコップであれど、振り回せばそれなりの凶器となる。その兵士は、まるで一種の剣術のようにスコップを振り回し、次々とソ連兵をなぎ倒していく。
「まだまだぁ!」
足蹴り、裏拳、敵の攻撃を躱しながらの突き。まさに百人力の働きをしていた。
そこに、小銃を持ったソ連兵たちが距離を詰めてくる。
それを見たロシア帝国兵は、一目散に小銃を持った敵兵の元に走っていく。
数人のソ連兵が引き金を引く。弾丸が発射され、まっすぐロシア帝国兵へと飛翔する。
だが不思議なことに、ロシア帝国兵に全く命中しない。なぜか全ての弾丸が外れていくのだ。仮に当たっても、かすっただけか、致命傷にすらならない。
「だぁ!」
そしてスコップの届く範囲に入り、小銃を持ったソ連兵のことを全力で叩き潰す。頭に命中すれば少なくとも頭蓋骨が割れ、腹に突き刺せば血が噴き出す。そうして小銃を奪い、味方のロシア帝国兵に渡して援護させる。
これにより、前線を半ば無理やり膠着状態にさせ、この世の地獄の状態にさせていく。このロシア帝国兵は、その巨体と不死身さから、後に「巨人のベルコフ」と呼ばれるようになる。
それでも、戦地の詳しい話はアレクセイ一世の耳には入らない。入るのは戦場の推移くらいだろう。
「……そうか。やはり戦力差は互角か……」
「はい。兵士の数はまだ十分ですので、戦闘行為を続けるのは可能だと考えます」
「軍事のことは、現場に一任しているのだが、それだけに心配だ……」
そんなことを呟くアレクセイ一世。彼には軍事を司るだけの能力がない。そのため、どうしても現場本位になる。これを彼は心苦しく感じているのである。
「現在、レニングラード周辺に軍需工場を建造する計画が上がっています」
「それらに供給する物資もなかなか入ってこない以上、どうしようもないな」
「現在はイギリスから物資を輸入すると同時に、アメリカのレンドリース品を横流ししてもらっています」
「アメリカか……。国家承認はしているんだっけ?」
「現在の所は沈黙を保っています。ソ連と対立するのを恐れてのことでしょう」
「そうか……。アメリカが味方についてくれれば、それだけで大半のことは解決できるんだが……」
願望を言ったところで、誰かが叶えてくれるわけではない。
「今はあがき続けないと……」
アレクセイ一世は、小さく溜息をついた。




