第89話 統治
一九三八年十月三十日。ハワイ諸島、オアフ島。
真珠湾にいたアメリカ海軍太平洋艦隊は、無惨にも破壊の限りを尽くされ、ほぼ全ての艦艇が着底していた。
その代わりになるように、真珠湾には帝国海軍第一艦隊の第一戦隊と第一機動部隊が停泊している。
「山本長官。内火艇で岸壁を確認してきましたが、大破着底した米国艦艇によって七割から八割が使い物にならないとのことです」
「うむ、参ったな……。真珠湾を奪取すれば基地として利用できるのだが、米国艦艇が邪魔しているのならば使えない……。どうにかして動かすことは出来ないか?」
「とは言われましても……。起重機船があればなんとかなるかもしれませんが……」
「ここは太平洋でも指折りの海軍基地だ。どこかに攻撃を受けてない起重機船があるかもしれん。なければ……、ガントリークレーンを無理矢理使って解体しよう」
山本長官がそのような話をしている中、帝国海軍陸戦隊の指揮官と後から上陸してきた帝国陸軍の真珠湾駐屯第一歩兵連隊の指揮官は、アメリカ海軍太平洋艦隊司令部に赴いていた。
「陸軍と一緒にいるのは癪だが、ここは目的のために我慢しよう」
「貴様、言葉遣いには気をつけろ。いつ俺の軍刀が飛んでくるか分からんぞ」
「その態度、これから会う軍人に通用すればいいがな」
そういって司令部の建物に入る。
この建物には海軍の他、憲兵隊の司令部も入っている。その憲兵隊を束ねる指揮官に会いに来たのである。
とある部屋に入ると、その男はいた。アメリカ陸軍憲兵隊、ハワイ諸島を管轄し指揮する指揮官のジャイロ少将である。
『初めまして、ジャイロ少将。いきなり空爆などをして、申し訳ありませんでした』
『別に良い。これは戦争だからな。君たちは正式な処理をして宣戦布告をしてきた。そのことを咎めるつもりはない』
『ありがとうございます。それを承知でお願いがあってきました』
『大方予想はつくが、言ってみろ』
『市民の暴動に対処していただきたいのです』
いくら真珠湾が軍港だからといっても、そこで働く人々にはそれぞれ家庭が存在する。つまり、軍人ではない一般の人々がいるのだ。その人々が、軍港に押し寄せ、暴徒と化しているのである。
『ジャップは出て行けー!』
『我々の土地を占領するなー!』
『木の枝でもなんでもいいから持ってこい!』
『てめーら全員ぶっ殺してやる!』
こんな調子のデモもどきが、あちこちで行われている。
実際、真珠湾の軍港を占領することは、アメリカ合衆国建国以来初めての占領と考えても差し支えない程の歴史的な出来事だろう。
もちろん、オアフ島に住むアメリカ本土から来た市民は、そんな経験をしたことがない。占領された時にどうすればよいのか、誰も分からない。その不安から、暴動が発生しているのだろう。
『現在海軍陸戦隊と陸軍歩兵連隊が対処に当たっていますが、このままでは市民に被害が出る可能性があります。その前に、合衆国の憲兵隊として、市民の方々を落ち着かせてもらえませんか?』
その言葉に、ジャイロ少将は溜息で答える。
(こりゃ無理そうか?)
陸戦隊の指揮官は、少し苦い顔をする。
『……我々は合衆国のために戦っている。祖国たる合衆国を守り抜くことは、我々合衆国軍人の役目だからだ。もちろん、入隊の時にそのような宣誓などもした。しかし、今、ここから見える景色は、果たしてその通りだろうか?』
そういってジャイロ少将は、窓の外を見る。真珠湾攻撃は数日前のことだが、未だ煙が燻っている場所が見えるだろう。
『市民はおそらく不安なのだろう。我々は日本の統治下に置かれるのではないか? そうすれば敵国民として迫害されるのではないか、と』
『我々はそのようなことはしません。それは陛下がお望みではないからです。世界市民を守り、秩序ある世界にするために、我々は戦うことを選んだのです』
歩兵連隊の指揮官が、このように説明した。
『となると、ここにいる市民は収容所に行くことはないと?』
『我が帝国が生活を保障する、というのは難しいかもしれませんが、なるべく善処するように政府に伝えることはできます』
『そうか……』
そういってジャイロ少将は椅子に座る。
『その言葉、信用してもいいんだな?』
『男に二言はありません』
ジャイロ少将は肩をすくめる。
『よろしい。憲兵隊を派遣しよう。君たちが指揮してやってくれ』
こうして暴動は鎮圧へと傾いていった。
その一方で、湾港内に沈んだアメリカ海軍艦艇をどうするか、話し合いの場が設けられていた。
「真珠湾の水深はそこまで深くないので、着底した艦をどかすとなると、解体する必要が出てきます」
「仮に艦艇を避けて接岸したとしても、数少ない岸壁を奪い合うだけです。今後のことも考えれば、沈んだ艦艇を別の場所に移動させるのが一番現実的で建設的です」
「そうだなぁ……。いっそのこと明石でも呼び寄せるか?」
「現在英領マレーにいます。不可能かと」
「参ったな……」
行き詰った空気が流れる会議室。
すると、その扉がノックされる。
「西田少尉、入ります」
「何か報告かね?」
「はい。真珠湾で使用されている起重機船を三隻確保しました。動かせる人員も揃っています」
「となると、あの沈んだ艦を動かせるんだな?」
「はい。今すぐにでも取り掛かれます」
「分かった。すぐに取り掛かってくれ」
「はっ」
こうして、大破着底した艦艇の問題はなんとかなりそうであった。
その他、物資関係を貯蔵している区画には先の攻撃で手を出していないため、ある程度の備蓄を利用できる。特に艦艇用の油を手に入れられたのは大きい。
こうしてオアフ島を中心に、大日本帝国の統治下に入ることになった。