第80話 肉薄
一九三八年六月二十八日。
フランス政府が設定した国防確保線付近。膠着状態ではあるものの、ドイツ軍がジワリジワリとパリに迫っていた。
特にドイツ軍の機甲師団の猛威は酷く、フランス軍機甲師団の半分ほどを北部戦線で消耗した。現在は南部戦線が押し上げられている状態で、国家を維持できるかどうかの瀬戸際でもあった。
そんな北部戦線では、機甲師団が南部戦線に出払っていることで非常に危うい状態に陥っていた。ドイツ軍の機甲師団に対抗すべく、フランス陸軍とフランス空軍は共同作戦を実施するものの、状況を覆すほどの戦力はなく、劣勢のまま日々が過ぎ去っていくだけだった。
そしてフランス陸軍は、苦肉の策として対空砲を対戦車戦闘に駆り出し、戦車に歩兵を肉薄させていた。
「こんなこと、人間がすることじゃねぇ……。ここは地獄なのか……?」
今まさに、戦車のキューポラに対して手榴弾を投げつけようとしている歩兵が、そんなことを口にする。素早く動けるように、手榴弾以外の荷物や重い物は全て捨て、小銃を持っている仲間の援護のもと、突撃しようとしている。
その光景は、まさに史実の日本軍が行った特攻そのものだろう。
「手榴弾をもって戦車に突撃するしか方法はないのか……? 他にもあるだろ……! どうしてこれを選択した……!」
自分の不満をブツブツと呟きながら、その歩兵は物陰から戦車の位置を確認し、そして突撃する。
そのような光景があちらこちらで見られるため、歩兵の損耗率はひどいことになっていた。その数は、指揮官を悩ませる。
「ヒットアンドアウェイの攻撃は、もはや戦術とは言えない。これは命を無駄にする無謀な攻撃だ……」
この攻撃をやめさせようにも、他のどの攻撃よりも戦果を上げている上に、指揮系統が混乱している。止めるに止められないだろう。
そんなある日だった。この日も、数人のフランス兵がドイツ戦車に対して攻撃を仕掛けようとしていた。
約一キロメートル後方には、砲身を地面に対して水平にした対空砲が待機している。対空砲の射撃が、突撃の合図だ。
そう覚悟していると、どこからともなくエンジン音が響き渡る。戦車のエンジンではない音だ。
「空……?」
星型エンジン特有の音が鳴り響く。
「ドイツ空軍の爆撃機か? くそ、こんな時に……」
歩兵は悪態を吐くが、次第にその音の鳴る方向が異なることに気が付いた。
「この方向……、西から……?」
すると、西の空から大きめの機体の編隊が見える。
茶色の機体、エンブレム、四発のレシプロエンジン。
イギリス空軍の爆撃隊である。護衛にスピットファイアもいる。
『目標を確認。まずはこの辺りの機甲師団を絨毯爆撃する』
『ラジャー。進行方向を方位一一〇に変更する』
爆撃隊は方向転換し、前線に対して平行になるように飛行する。爆弾倉の扉を開き、爆弾投下の準備は整う。
そんな中、地上にいたドイツ軍の対空砲が火を噴く。
『対空砲に気を取られるな。準備出来次第、爆弾投下せよ』
そして爆弾が次々と投下される。
無差別に爆弾が着弾し、辺り一帯を爆発させる。ほとんどは戦車に命中しないが、爆発した際の衝撃波や破片が戦車に命中し、歩兵による肉薄攻撃より多くの車輛を葬り去った。
しかし、それでもドイツ軍対空砲の攻撃は止まない。攻撃を受けた爆撃機が炎上し、一機、また一機と墜とされる。
その対空砲に向けて、スピットファイアが急降下していく。そのまま対空砲に対して機銃掃射を行っていく。
装甲も何もついていない対空砲に、無数の弾丸が降り注ぐ。これによってドイツ兵は散り散りになる。
あらかた戦場を荒らしたスピットファイアは、爆撃隊の護衛に戻る。そしてその爆撃隊は、西のほうへと去っていった。
この爆撃隊はイギリス本土からの攻撃である。イギリスとフランスを隔てるドーバー海峡が狭いことで実現した作戦だ。
こうして国防確保線の維持に成功する。そして戦場はより一層混沌を極めることになった。