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第75話 確信

 一九三八年三月二十日。イギリス、ロンドン。

 「知恵の樹」にいるロバート・コーデンは、職員と共にスマホと書類を覗いていた。

「……やはり、結論は変わらないか……」

「えぇ」

 職員からの報告を受け、コーデンは結論を受け入れる。

「ローザ・ケプファーは虚偽の報告や連絡をしている」

 いつからだったか、ケプファーからのチャットには違和感があった。特に顕著に出たのは、ドイツがフランス侵攻を予告した時だ。

「そう考えるのが自然か……」

「おそらく、兵士が銃口を突きつけて脅してるのかと」

「こうなると厄介だな。嘘の連絡をするということは、それだけ争いや流れる血が増えることになる。かといって、彼女に連絡を取らないのも、彼女自身の危険にも繋がる」

「向こうからの連絡は、全て改竄された情報であると認識したほうが良いでしょう」

「現状はそれが最善策か……」

 職員が去ったあとに、コーデンは他に何か手段がないかを考える。

「そうだな……。例えばクイズのような形式にするとか」

 そういって適当な紙に単語を並べていく。

「数字と単語を並べる。数字は、一単語の中で数字番目のアルファベットを示す。数字と単語を一セットとして、文字数だけセットを用意する」

 数字と単語のセットが縦に並んでいく。

「一、アルゼンチン共和国。三、カナダ。一、スイス連邦。十五、ボツワナ共和国。五、エリトリア国。一、ロシア連邦」

 国の単語を並べ、それぞれの単語のうち数字の番目を拾えば、一つの単語が完成する。今回のクイズで出来た単語は、「ANSWER」だ。

「これはこれでアリな気がするが……」

 コーデンは少し悩む。

「安直というか、捻りすぎというか、なんとも言えないクイズだな……。これを初めて見て、一発で分かる人のほうが少ない感じがするぞ」

 この形式は辞めることにした。

 そんなことをしているうちに、コーデンはあることに気がつく。

「無意識にフリー百科事典を使っていたが、これって編集や新規作成できるのか?」

 転生者のスマホに入っている事典は、元の世界で使用されていたフリー百科事典の体裁をなしている。つまり、編集や新規作成のボタンも再現されているのだ。

「……試しに使ってみるか」

 コーデンは新規作成のボタンを押す。

 すると新規作成用のページへと飛んだ。

「おや……。これはもしかすると……」

 ページ名を自分の名前にし、概要、説明などを記入する。

 大雑把なロバート・コーデンのページが書きあがり、そのまま公開する。

 一度アプリを閉じ、再度開いてロバート・コーデンのページを検索した。すると、先ほど書いたページが出てきた。

「これは……」

 コーデンは、すぐにジル・ロンダにチャットを飛ばす。

『なんだ? 急にどうした?』

『今すぐ百科事典で僕のことを検索してくれ』

『なんで? そもそもそんなページあるのか?』

『いいから早く』

『分かったよ』

 少し間が空き、メッセージが飛んでくる。

『ロバート・コーデンの記事あったんだが』

『記事の内容は読めるか?』

『読める』

『やっぱりか。助かった』

『ちょっと待て。これはどういうことだ?』

『気が向いたら説明する』

 このチャットでコーデンは確信した。

「フリー百科事典は元の世界と同じように、自由に編集できる。しかも自動翻訳付き」

 この事実を突き止めたコーデンは、すぐに仕込みという名の編集作業を始める。

 そしてそのまま、ローザ・ケプファーにチャットを飛ばした。

『やぁ、起きてるかい?』

 少し時間が経ってから、返事が返ってきた。

『どうかしたの?』

『このリンクを踏んでほしい』

 そういってコーデンは、とあるフリー百科事典のURLをチャットに張り付ける。

 ケプファーはかなり怪しむ。恐る恐るリンクを踏むと、フリー百科事典のページが開いた。

 そのページの項目は「『はい』か『いいえ』か」。説明はごく単純だった。

『もし、ローザ・ケプファーがヒトラーに脅されているのならチャットに「ありがとう」と、そうでないのなら「助かる」と返信すること』

 それを見たケプファーは少し動揺するが、それをドイツ兵に見せないようにごまかす。

 そしてチャットに返信した。

『ありがとう』

『了解。それじゃあ良い夢を』

 これを見たコーデンは、すぐに職員を呼び出す。

「所長代理兼相談役である僕がこれを言うのはすごく申し訳ないが、一つ頼みがあるんだ」

「なんでしょう?」

「ドイツの転生者、ローザ・ケプファーの身柄を確保してほしい。彼女は、現在ヒトラーに脅されている。彼女が情報を渡そうとしても、親衛隊か何かに監視されていて、情報を発信することができないと思われる」

「それは『命令』ということになります。いいんですか?」

「越権行為になるのは分かっている。しかし、今から首相に進言したところで、相手にされないのは間違いない。どうか、内密に頼む」

 そういってコーデンは、少し俯く。

 これは命令に相当する行為だ。相談役である身分の人間がしていい行為ではない。

 それを見た二人の職員は、互いに顔を見合わせて頷く。

 俯いたコーデンの視界に、一枚の紙が置かれた。そこには「ドイツの転生者の安全を確保するための特殊作戦の概要」と書かれていた。

 コーデンは顔を上げ、職員を見る。

「偶然ですね。我々は彼女の身が危ないと判断し、ドイツに向かう少数精鋭の部隊を編成しようとしてました」

「いやはや、こんな偶然があるものですな」

 その紙は、今まさにコーデンの目の前で書かれたものだった。

「ありがとう……!」

 コーデンが命令するのは規則違反だが、コーデンに相談した上で職員が関係各所に通達するのは合法である。

 かくしてコーデンはこれを了承し、特殊作戦が水面下で始まろうとしていた。

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