第72話 再侵攻
事態が動き出したのは、ヨーロッパ戦線膠着から半年以上経過した一九三八年二月二十日のことである。
ほぼ沈黙していたドイツの戦車師団が、一斉に複数個所で電撃戦を開始したのだ。
「戦車部隊、前進せよ」
アイン軍団のゲーテ大将が、命令を下す。
冬もそろそろ終わり、春が近づいてくるこの時期に、アイン軍団は攻撃を始める。
教範通り、空軍による空爆の後、戦車部隊の猛攻。そして歩兵による周辺地域の制圧。
半年もの戦線膠着により、徴兵された兵士が前線に到着し、猛威を振るっていた。
そして何より、大きな出来事があった。マジノ線の要塞数ヶ所が、ドイツ軍によって占領されたのである。難攻不落の要塞を目指していただけに、占領のニュースは大々的に報じられた。マジノ線内部では歩兵による戦闘が随所で勃発し、事実上マジノ線は陥落したのである。
こうなれば、後はとにかく前進するのみである。
戦車部隊による猛攻はとにかく速かった。途中フランスの重戦車による攻撃もあったものの、ドイツ戦車部隊はこれを難なく撃破。前進を続ける。
この攻勢により、アイン軍団はパリまで残り八十キロメートルの所まで差し迫ったのだ。
一九三八年二月二十八日。パリでは、住民の避難が急いで行われていた。多くの住民が西のほうへ疎開し、パリは閑散とする。
それでも、政府関係者や転生者のジル・ロンダは、パリに残り続けていた。
「現在、イギリスの派遣部隊は合計で二個軍団ほどになります。歩兵がほとんどですが、これでなんとかなるはずです」
軍事省の職員が、ロンダに現状を報告する。
「対戦車砲はどのくらいいる?」
「イギリスとフランス両軍を合わせて、おおよそ三個師団です。それ以外にも野戦砲師団が二個師団配置されています」
「これだけあれば、ドイツからの猛攻は退けられるか……」
それでもロンダは、少し心配だった。
「ドイツの戦力がどれだけあるかも検討つかないのに、これ以上持ちこたえるのは難しいかもしれない……」
「ですが、ないよりかは遥かにマシでしょう」
「そう、ならいいんだけどな」
しかし、現実は無常である。ドイツ軍の攻撃は激しく、フランス軍側の前線は、崩壊と撤退を繰り返しながらパリへと逃げてくるのであった。
ここでさらに悪いことが続く。スイス国境付近から、ドイツ軍がフランスに侵攻を始めたのだ。
この軍団を、ドイツ側は第二軍団と呼称。ツヴァイ軍団は手薄だったフランス南東方面へ侵攻し、リヨンを攻め落とそうとする。
リヨンには戦車部隊を止められるだけの戦力はなく、ほとんどが歩兵師団で構成されていた。
それでも、祖国を侵略する悪に立ち向かうべく、六個歩兵師団と二個砲兵師団は立ち上がった。
「今、ナチスの軍団がリヨンに攻め込もうとしている! しかし、我々は負けるわけには行かない! その血を流し、祖国のために戦ってきた先人に学び、今ここでナチスの軍団を食い止めるぞ!」
「「おぉー!」」
高い士気の中、歩兵師団はすぐに進軍を開始した。相手が戦車であることから、旧式化した対戦車ライフルを倉庫から引っ張り出してくる部隊もいた。
歩兵師団は、その辺に放置されていたタクシーや車で最前線を行く歩兵師団と、その後方から援護や砲兵の射撃を行う歩兵師団や砲兵師団に分かれた。
前線で四個歩兵師団が、敵であるドイツ戦車部隊と邂逅する。当然、主力武器である小銃では勝ち目がない。そのため手榴弾及び、対戦車ライフルもしくは小銃を用いた戦術が取られた。
まずは手榴弾を持った擲弾兵とは別の方向から、対戦車ライフルもしくは小銃で攻撃する。対戦車ライフルで攻撃した時に、装甲を貫通できれば御の字。できなくとも敵の注意を逸らすには持ってこいだ。注意を逸らしたときに擲弾兵が戦車に接近。そのまま手榴弾をエンジンかキューポラに投げ込めば、簡単に撃破できる。
問題は、ドイツ戦車部隊が密集している時だ。密集している分、ドイツ兵に見つかる可能性が高まる。それでも、小銃を持っている味方を伴って、戦車に突撃する。
この悲惨な光景は、史実における第二次世界大戦末期の日本にそっくりだろう。戦争という極限の環境が、人々を狂わせるのである。
約十日に渡る攻防戦の末、リヨン手前でドイツ軍の侵攻を止めることに成功した。
しかし、事態は悪化の一途を辿っている。敵も味方も損耗を増やし続ける中、この状況を打破する術はあるのだろうか。