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第71話 膠着

 一九三七年十二月。

 ここ数ヶ月間ほど、戦争における戦闘がほとんど発生しなかった。本当にピタリと戦闘が止まったのである。

 先の第一次世界大戦での戦い方が残っているのもあるのだろう。当時は塹壕戦が中心であったため、忍耐の時間が長かった。

 それを踏まえているのか、ドイツを中心とした戦争にて戦果報告が発表されることがなくなったのである。まさにまやかし戦争そのものだろう。

「まやかし戦争なんて言ってますけど、実際のところどうなんですかね? 今の自分たち見たいに裏で外交頑張ってるんですかねぇ?」

 宍戸はある程度片付いた資料を、机の上にある処理済みの箱に放り投げる。

「当然、その通りでしょう。そうでなければ、前線の兵やそれを支える兵站、そして後方や本土にある工場が圧迫されて、双方の戦力が削られるだけですからね」

「しかし、本当に進展がないんですよねぇ。どうするんですかこれ?」

「私に言われましても……」

 林が別の書類を宍戸に渡し、宍戸はそれを読む。

「決着がつかない事態なら、先の世界大戦で経験済みです。新しい兵器、新しい戦術が生み出され、結局は政治の力で抑え込むことに成功しました。それまでに何千万もの命が失われましたが」

「うーん。でも、この膠着状態はもうすぐで終わりそうにも思えますけどね」

「と言いますと?」

「この時代では航空機の発展が著しいからです。二十年前の大戦では不可能だった戦略的・戦術的爆撃はもちろん、戦闘機自体でも歩兵単位で倒すことが可能になっています。もちろん、他の分野の進化も進んでいますが、やはり空からの攻撃は影響力がすさまじいですからね」

 そういって、貰った書類に承認印を押し、それを海軍省に通知するために封筒に入れる。

 すると部屋の扉がノックされる。

「宍戸所長、いらっしゃいますか?」

「います。どうぞ」

 入ってきたのは、外交部の部長だ。

「先ほどイギリスが現在の内閣を解散して、挙国一致内閣を発足させると発表しました」

「え、この時期に?」

「戦線が膠着している今だからこそ、統一された指揮権が必要なのでしょう」

 部長は冷静に判断する。

「となると、出てくるのは当然、あの人だよなぁ……」

 宍戸の脳裏に浮かぶ、恰幅の良い男性。ウィンストン・チャーチルである。

 イギリスを戦勝国に仕立て上げた男とも言うべき政治家だ。

「そうかぁ、ここでイギリスは改革を求めに行ったか……」

「彼ならおそらく、何としてでもイギリスを勝利に導くでしょう」

 部長は一つ咳をして、別の話題を出す。

「話は変わりまして、イタリアなんですが、ファシスト党とは異なる政党による内閣が発足しました。王国としては存続する形になります」

「どこの政党が内閣になったんです?」

「国民主権党という政党です。労働者のための政党だとか」

「この政党は完全に分からないな……。いよいよ新しい歴史の一ページが書き加えられるのか」

「新しい首相の声明によりますと、イタリアはドイツとの国交断絶を最優先目標にするとしています。その上で、連合国に仲間入りしたいとも述べています」

「これで枢軸国はドイツと日本、その他多数になったわけですね」

「その枢軸国の敵であるソ連は、クーデターによって新生ロシア帝国として分裂し、戦争状態にあります。国力を削がれているソ連を見れば、もはや我が帝国が枢軸国である必要性はないと考えます」

「そうなれば、いよいよドイツと同盟である必要がなくなってきましたね。もうちょっと頑張れば国交断絶までいけるんじゃないですか?」

 宍戸が少し嬉しそうに言う。

「しかし、そう簡単な話ではありません」

「といいますと?」

「我が帝国は、米国を筆頭に経済制裁の対象となっています。もしここで下手にドイツとの国交を断絶すれば、社会的にも経済的にも世界から孤立することになります。そうなれば、我が帝国の廃退は必至です」

「そうかぁ……。そうなると余計慎重に動く必要があると……」

「少なくとも、イギリスとフランスとの交渉が終わるまでは現状維持を続ける必要があると考えます」

「特に、今のヨーロッパは冬の影響で戦線が膠着している一面もあります。来年の夏……いや、春までは地道な交渉が続くでしょう」

「うーん、外交というものは難しいものだなぁ……」

 そんなことを言いながら、宍戸はぬるくなった茶を飲む。

「とにかく、今はやれることをやっていくしかないってことか」

「そうです。というわけで、この書類をお願いします」

 そういって林が、大量の書類を宍戸の机に置く。

「え。これ、今からですか?」

「えぇ、締め切りは明日です」

「いや、もう定時ですよ……?」

「やってください」

 いつも仏頂面の林の顔が、不気味に笑う。

「……はい」

 宍戸は半分脅されたように、残業をするのだった。

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