第63話 輸送船団
一九三七年六月十八日。
イギリス海軍は、駆逐艦六隻、軽巡洋艦三隻を用意する。
艦艇は最新鋭の艦を用意したらしい。駆逐艦はハーディ、ハヴォック、ハンター、ホスタイル、ジプシー、グリフィンを。軽巡洋艦はリアンダー、オライオン、エイジャックスとのこと。この艦隊で、輸送船団を護衛する。
そして護衛艦隊を追いかけるように、後方にハーミーズとアーク・ロイヤルを含んだ空母艦隊が追従することになった。艦載機による警戒が出来ることもあり、すんなりと承認される。
この空母艦隊は、空母二隻、護衛の数隻で構成されており、事実上の機動艦隊となっていたが、主任務を輸送船団の護衛としていたため、機動艦隊という認識はなかった。
こうして海軍の護衛任務及び輸送船団、通称PP船団による輸送任務が開始された。今回は第一回目なので、船団の名前はPP1船団になる。
イギリスの港を出発して約五十五時間後。北海とデンマークの海峡を通過して、船団は夕暮れのバルト海へと進入した。
「さて、どこからUボートが出てくるのか……」
PP1船団護衛艦隊司令長官のキャロル・ローレン大佐は、双眼鏡を覗きつつ、そう呟いた。
「駆逐艦のソナーマンに、異常を見つけ次第すぐ報告するよう、強く言っておいてくれ」
ローレン大佐は心配していた。先の大戦である第一次世界大戦では、Uボートの脅威に晒されていた。今回も警戒を強く持たなければならないだろう。
「ここはもう戦場だ。いつどこからドイツ海軍が出てきてもおかしくない……」
そのとき、右舷側を進んでいた駆逐艦が突如として爆発、ド派手な水柱を上げる。
「な、なんだぁ!?」
突然のことで、護衛艦隊司令部は慌てふためく。
すると海面を見ていた見張り員の水兵が声を上げる。
「右舷より雷跡多数! 魚雷です!」
「輸送船に通達! 全船最大戦速で左舷方向に離脱! 駆逐艦は爆雷投射用意!」
輸送船団は予定の航路から外れ、護衛艦隊は急回頭して魚雷が発射されたであろう方向へ急ぐ。
「ソナーに反応はなかったのか!?」
「各駆逐艦からは異常はなかったと報告が上がってきています!」
「クソ、待ち伏せされてたか……。索敵だ! 手の空いているヤツは全員周辺を警戒しろ!」
見張り台や甲板に水兵が出てきて、周囲の索敵を始める。
「敵は潜望鏡を出しているはずだ……。こちらの様子を伺い、好機を狙っているはず……。なんとしても日没までに撃沈させるんだ! レーダー要員も目を凝らして探せ!」
最初に攻撃を受けた駆逐艦の乗員を救助する暇もなく、護衛艦隊はソナーと目視で周辺をくまなく探す。
すると、ハンターから連絡が入る。
「ハンターから連絡です! 前方二マイルに潜望鏡らしき影あり!」
「よし、ハンターに通達。直ちに撃沈せよ」
攻撃命令を受けた駆逐艦ハンターは、すぐに潜望鏡を発見した場所の近くまで走る。
「爆雷投射用意!」
すぐに爆雷が投射機に設置され、準備が整う。
「投射!」
そして爆雷が投射される。爆雷は放物線を描いて、海面に着水。そのまま目的の深度まで沈み、爆発する。その証拠に、巨大な水柱が形成されるだろう。
すぐに装填がされ、続けて撃ち込まれる。
四発ほど爆雷を投射し、様子を伺う。
十分程すると、見張り員が海面にあるものを発見する。
「重油と思われる物を発見!」
ハンターが近くまで接近し、浮いている物を確認する。確かに重油だ。しかも、潜水艦が破壊されないと流出しないであろう量が浮いていた。
「撃沈確認!」
ローレン大佐に報告が入る。
「よし! よくやった」
続けて別の報告が入ってくる。
「輸送船からの電文です! 魚雷による攻撃が発生しているとのこと!」
「なんだと!? 奴ら、我々のことを包囲していたというのか……!?」
「司令長官、これ以上の攻撃は無茶です。日没まであと一時間を切っています。ここは、最大戦速で現海域を離脱するのが最善の手と考えます」
参謀がそのように進言する。
「くっ……」
ローレン大佐は選択を迫られる。このままUボートを取り逃がしてしまったら、魚雷攻撃、もしくは夜間にまぎれての砲撃で、輸送船団が攻撃に曝される。かといってこのまま索敵を続けるにしても、輸送船のスクリュー音が邪魔で上手く探せない。
「こうなれば……犠牲もやむなしか……」
そのように決断しようとした時だった。
空からエンジン音が聞こえてくる。
「司令長官! 友軍のソードフィッシュです!」
それと同時に、電文が送られてきた。
「アーク・ロイヤルから通信です。『潜水艦は我々に任せよ』とのこと」
「ソードフィッシュか、ありがたい……!」
ソードフィッシュは、少し古い複葉機の機体でありながらも、多種多様な任務をこなせるある意味万能機体である。異名としてストリングバッグなどとも呼ばれている。
そんなソードフィッシュは、低速で周辺を飛行する。これにより上空から艦影を探し出すつもりだ。
早速Uボートと思われる艦影を発見する。ソードフィッシュの搭乗員は手の振り方でコミュニケーションをし、爆雷を的確に投下する。
水柱が立った場所からは、大量の重油が溢れ出していた。
ものの三十分もしないで、Uボートを四隻も撃破した。ソードフィッシュは自分の艦へと帰っていく。これ以上活動すると夜になってしまい、最悪の場合墜落するからだ。
「空母が護衛に来てくれて助かった……」
ローレン大佐は、安堵のため息をつく。
こうして輸送船団は、翌日にはダンツィヒの港に入港できたのだった。




