第62話 イギリス
一九三七年六月四日。
イギリスは、ポーランドとの相互援助条約により、ドイツに宣戦布告。戦争状態に突入した。
それに際し、イギリス首相による声明が発表された。
『我々は、ドイツによるポーランド侵攻を非難する。これは自由に対する冒涜であり、同時に世界秩序を破壊する愚かな行為であることを示さなければならない。そしてドイツは、フランスに対しても宣戦布告した。我々の協力関係を断つためと思われるが、断じてそのようなことは起こらない。我々は鋼より硬い絆で結ばれている。これは誰の手を以てしても壊すことはできない。我々は最後まで戦う。最大の障害を排除して、再び自由な世界を取り戻すために』
この言葉の通り、イギリスはポーランドを援助するため、各地からかき集めた輸送船にこれでもかと物資を詰め込む。まずは十数隻の輸送船が、ポーランドの港町に向けて出発しようとしていた。
それと同時に、東プロイセンと自由都市ダンツィヒに対して、空母の艦載機による威力偵察を実施する計画が持ち上がる。今後、重要かつ過激な戦場になると考えられているからだ。この偵察任務には、ハーミーズとアーク・ロイヤルが充てがわれた。イギリス海軍の主力空母による任務であるため、強い箝口令が敷かれるほどだった。
そんな話を聞いた「知恵の樹」の所長代理兼相談役であるロバート・コーデンは、一つ口を出す。
「とりあえず輸送船団には、海軍の駆逐艦と軽巡洋艦の護衛をつけるように、首相に進言してくれないか?」
「護衛ですか……」
「ドイツはおそらく……、というか十中八九群狼作戦を実施してくるはずだ。先の大戦での無制限潜水艦作戦みたいなものだ。潜水艦の脅威から守るためには、海軍の協力が必要だ」
職員は納得したような顔をする。
「それで、海軍はハーミーズとアーク・ロイヤルを出すってのは本当かい?」
「えぇ、間違いありません。確かな情報です」
「うぅむ。確かに、あの辺りは重要な場所だ。ポーランド回廊だっけ? 自由都市ダンツィヒも抑えられたら、ポーランドに通づる手段が限られてくる……」
その時、ふと疑問を持ったロバートは、スマホを取り出して何かを調べる。
「史実でのダンツィヒって、どうなってたっけな……?」
軽く調べたところ、ダンツィヒに停泊していたドイツ戦艦の砲撃によって、ポーランド陸軍の要塞を攻撃していたようだ。
「今はこの状態になっていない……。だが、似たようなことを考えている可能性はある……」
ロバートの脳裏に、嫌な考えがよぎる。
「ドイツ海軍が何らかの作戦を考えて、ダンツィヒとポーランド回廊を抑えようとしている可能性がある……?」
史実とは異なるという懸念。それが、ロバートに疑念を持たせる。
「首相に、戦艦を中心とした艦隊を派遣するように連絡してください」
「戦艦ですか?」
「はい。僕の憶測が間違っていればいいのですが、念の為に戦艦を出撃させるように伝えてください」
「……分かりました。確実に伝えます」
そう言って、職員はロバートの前から去る。
それと入れ替わるように、別の職員が入ってきた。
「アメリカからです。予定通りレンドリース法は成立させるとのことです」
「それは良かった。我が国だけでは何かと心細いし、ポーランド行きの物資だけで国の備蓄がなくなるところだったからね」
「ただ、一つ不具合といいますか、想定外のことが発生したようで……」
「不具合?」
「なんでも、アメリカの転生者がレンドリース法を破棄して、対話による解決を進言したそうです」
「なるほど。確かに彼女は対話や議論で解決しようとする節がある。本来なら想定されるべき懸念要素だった」
ロバートは自分のことではないのに、自分に非があるような口調で反省する。
「大丈夫、彼女には僕から話をしておくよ。その他に何かあるかい?」
「現状、問題ありません」
そういって職員は、ロバートから離れる。
「……カーラ・パドック。彼女もまた面倒な思想に飲まれてるようだ」
ロバートはそう呟くと、スマホを取り出してパドックに連絡を取る。
『やぁ。風の噂で聞いたのだが、レンドリース法に反対したそうじゃないか。悪いけど、それに口を出すのは間違っている。アメリカの持つ物量が戦争を変えるのは知っているだろう? もしアメリカが輸出を止めたら、世界が大変なことになる。こればかりは見逃してほしい』
内容は簡潔に、しかし主張したいことはしっかり伝える。
英国紳士を自称するロバートなりの、コミュニケーションの仕方だ。
「さて、ドイツはどう出るかな……」
机に肘をつき、手を結ぶ。
自分が思う方向に進んでほしいと願うロバートであった。