第60話 戦車戦
一九三七年六月二日。
マジノ線から後方十キロメートルに位置している、マジノ線の戦略司令部。
この戦略司令部では、担当となっている区間にいるフランス軍の指揮を取っている。
そんな司令部では、数少ない情報を使ってドイツ軍の戦術を読み解こうとしていた。
「やはり、敵陸軍の姿が見えたときにこちらが姿を現したのはよくなかった。あれのせいで敵空軍に察知され、爆撃を敢行された。それなりの損害が発生したうえ、マジノ線に閉じ込められるという屈辱まで味わう羽目になった」
「砲兵よりも歩兵を優先した結果だ。我々はこれを教訓とせねばならないだろう」
「しかし、このままでは膠着状態が続くだろう。要塞砲による攻撃もほぼ終了した今、耐えるほかあるまい」
「これでも、北部の国境よりはかなり平和なのだろうな」
そういって、一人の将校が窓の外を眺める。
同日、昼下がり。
ベルギーとフランスの国境にて、ドイツ軍の戦車師団とフランス軍の戦車師団が衝突していた。
この場にいるドイツ軍の戦車はⅡ号戦車。対してフランス軍の戦車はルノーR35である。フランス軍の戦車のほうが旧式化しているが、無いよりはマシだろう。
フランス軍第二戦車旅団の隷下に置かれている戦車中隊の隊長は、モン=サン=マルタンという街の中を走り続けていた。
「まさか、この旧型の戦車でドイツの戦車と戦うことになるとはなぁ……」
戦車中隊の中でも、一番戦闘を走るのは中隊長の乗る戦車であった。
一ブロック進むごとに、ドイツ戦車がいるかどうかを確認し、そして進むことを繰り返している。
「中隊長、こんな調子で大丈夫なんですかぁ?」
操縦席にいる部下が尋ねる。ルノーR35は乗員二人の軽戦車だ。しかも旧式だからなのか配備が遅れているのか、通信機器は設置されておらず、戦車同士での通話はもっぱら旗振りで行われている始末だ。
「どうだろうな。俺は先の大戦を経験しているが、その時は戦車なんて出てきたばかりだからなぁ」
そんなことを言いつつ、目視で周囲を警戒している中隊長。乗員二人ということで、偵察、通信、測距、装填、射撃といった、ほとんどの作業を行わなくてはならない。
その時、遠くのほうから何か黒い物が動いたような気がした。
中隊長は、操縦手の部下を膝でつつく。そのつつきが何を意味するのか即座に理解した操縦手は、すぐに戦車を止める。それと同時に、後方にいる戦車隊に、旗振りで止まるように指示する。
単眼鏡で建物同士の間を見つめる。すると、ドイツ戦車特有の灰色が見えた。どうやら街の北から南南西に向かって進んでいるようだ。
中隊長は単眼鏡で偵察を続けながら、旗を振って戦車隊の動きを伝える。ドイツ戦車隊の横を突くために、配置を変えるように指示を出した。
簡単な旗の動作だが、後続の戦車隊はそれの意味を理解したようで、どんどん移動していく。
「よし、陽動のお仕事だ。気張っていくぞ」
「この戦車の足じゃ、囮もいいところですよ」
操縦手はそんな愚痴を吐きながら、ギアをアクセルに入れる。そのまま戦車数輌で、陽動に出る。
フランス戦車の陽動は、すぐにドイツ戦車隊に気が付かれる。
『あそこだ! 打て打て!』
ドイツ戦車の砲塔が旋回し、中隊長の戦車に向く。
「ブレーキ!」
中隊長の怒号と同時に、操縦手が全力でブレーキを入れる。その直後、ドイツ戦車から二十ミリの砲弾が連射された。砲弾は中隊長の戦車のすぐ目の前を飛んで、建物に直撃する。
目標を外したドイツ戦車は、思わず射撃を注視した。
「走れ!」
そのまま戦車は直進する。すぐに建物の影に隠れ、敵を攪乱していく。
『クソ……!』
ドイツ戦車の車長は、とにかく周囲を見渡す。
先ほどの建物の裏にいるはず、という推測から、ドイツ戦車は建物を挟むように進む。ドイツ戦車が建物の裏に差し掛かろうとした時、ドイツ戦車の後ろから風切り音が複数鳴る。
『しまっ……』
その瞬間には、戦車のエンジンに砲弾が突き刺さり、火災を起こすことだろう。
「ヒュウ、三十七ミリは伊達じゃねぇぜ」
側面から後ろに回っていた戦車隊の一人が、そんなことをいう。
するとその横から砲弾の雨が降り注ぎ、戦車隊を撃破していく。別のドイツ戦車隊が到着したのだ。
こうして、やられたらやり返し、やり返されたらやり返すといった、醜い争いが発生する。
そしてその様子を、上空からスツーカの爆撃隊が見守っていた。彼らは、もしドイツ戦車隊が敗走している時のための、爆撃要員として待機を命ぜられたのだ。
しかし、双方が同じくらい損傷を受け、鉄の塊を生み出している限りでは、出番はないだろう。




