第57話 独立
一九三七年二月二十八日。新生ロシア帝国暫定首都、ウラジオストク。
この地に、新しい皇帝の血脈が生まれようとしていた。
「あぁ……。なんで俺が皇帝になんかなるんだ……」
戴冠式を明日に控えているアレクセイ・イグナトフは、仮の王宮であるアパートの一室のベッドで横になっていた。
「どうしてこうなっちまったかなぁ……」
そんなことを呟いていると、スマホが鳴る。電話のようだ。
イグナトフは仕方なく電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし、日本の宍戸だ』
「あぁ、君か。何か用?」
『大まかな状況は外務省から聞いてる。新生ロシア帝国の皇帝になるそうじゃないか』
「僕のことを笑うために電話したのか? 相当悪趣味だな」
『ちょっとばかり気分をよくしようと思っただけだ。そんな皇帝陛下と、少し外交がしたいと思ってね』
「外交? また変な話を持ってくるつもりじゃないよね?」
『そこまで変な話じゃないさ。単刀直入に言うと、ぜひ皇帝として頑張ってほしいんだ』
「やっぱり僕のことをバカにしてない?」
『ちゃんと理由はあるよ。まずはドイツと対抗するために、新生ロシア帝国を治めてほしい』
「なんでドイツと……」
『近い将来、新生ロシア帝国でユダヤ人を難民として受け入れてほしいからだ。受け入れが上手くいけば、技術大国として成り上がれるぞ』
「おいおいおいおい、ちょっと待ってくれよ。いきなり帝国の君主になれって言われて衝撃的だったのに、おまけみたいにそんなこと言うなよ。それなら皇帝になるより難民受け入れのための職員になったほうがマシじゃないか」
『まぁまぁ、そういうなって。ついでの話だし、皇帝になるよりは面倒じゃなさそうだろ?』
「明らかに面倒だよ。そもそも普通はやらないんだよ、そんなこと」
『普通はやらないことをやるからこそ、人は英雄になれる。やってみる価値があるなら、どんなことにも飛び込んでいくのが、国を大きく発展させる方法だと俺は思うぞ。もちろん、やらなきゃよかったって思うようなハズレもあるだろうけど』
宍戸の言葉を聞いて、イグナトフは妙に納得する。
「……確かにそうかもしれないな」
宍戸の言葉に、イグナトフは同意する。
「僕は、新しい国の光。不安に思う人々を救うためにいる。そう考えれば、皇帝の座に座ることも、案外悪くないかもね」
『お、いいね、その心意気だよ』
「まぁ、まだ緊張とかするけど……。誰かがやるべき立場になれる人なんて、そんなに多くはないからね」
『じゃあ、よろしく頼むよ、ロシア皇帝陛下』
「うん」
そういって電話は切れた。
「僕がやらなきゃ駄目なんだ……。僕が最悪な世界を変えるんだ……」
戦いたくない、だから変える。祖国を変えるためなら、新しい国の君主にでもなる。
それは、イグナトフの決めた道なのだから。
翌日、一九三七年三月一日。
イグナトフは、ウラジオストクの中央広場━━現在の地名で言う「革命の闘士の広場」━━で戴冠式を行う。
実際に頭に乗せるのは、黄金に光り輝く豪華な王冠ではなく、その辺にあった木材を張り合わせて作った木製の王冠である。おそらく世界で一番貧しい王族の誕生だろう。
まずイグナトフは、近くの教会の司祭により、イグナトフ自身が皇帝になることを承認される。
「それでは、皇帝陛下に王冠を」
そういって見た目が悪い王冠を、イグナトフは頭に乗せられた。周辺で見ていたウラジオストクの住民から、まばらな拍手を貰う。
そして最後に、イグナトフは出来の悪い椅子に座る。これが玉座となったのだ。
こうしてイグナトフは、イグナトフ朝新生ロシア帝国初代皇帝アレクセイ一世として、新しい国家の君主へと成り上がった。
アレクセイ一世は、目の前にいる国民に向かって宣誓する。
「私は一国の王として、ロシア正教会の教えに則り、国を治めていくことを誓う」
これまでにない、自信に満ち溢れた宣誓だった。
こうしてアレクセイ一世の戴冠式は終了。宣誓の姿を収めた写真は、地元新聞社に持ち込まれ、号外として配布された。
さらにロシア帝国暫定政府は、これをプロパガンダとするべく、周辺国家である日本、ソ連、中華民国などに写真の複製を送りつけた。
これにより、各国の新聞各社がこぞって新生ロシア帝国のことを話題に上げる。そしてニュースは世界中に広まった。
『新生ロシア帝国、独立を宣言』
世界はさらに混沌を極めていく。