第56話 確認
一九三七年二月十一日。
現状の日本を取り巻く状況を確認するため、大本営立川戦略研究室に人が集められていた。
「えー、では、現状の確認をしていきたいと思います。まず外交から」
「はい。外交部米国課です。まず米国に対する対話ですが、かなり難航しています。ルーズベルト大統領になってからは特に厳しくなりました。この影響はしばらく続くと見られます」
「続いて外交部ソ連課です。ソ連との不可侵条約ですが、新生ロシア帝国と名乗る新勢力誕生により現在は交渉が止まっている状態です。ですが、新生ロシア帝国はウラジオストクを暫定首都と設定している他、極東軍管区、東部軍管区など複数の軍管区を新生ロシア帝国の領土であると主張しているため、ソ連との国境は接しない形となります。これにより、ソ連との不可侵条約は不必要であると判断しました」
「続いては外交部欧州課です。現在イギリスとフランス、オランダに対する植民地放棄及び同盟に関しては、現在難色を示しているものの、転生者の説得もあり、理解が進んでいる状態です。ですが、やはり大きな植民地を持っているイギリスとフランスは抵抗気味といったところでしょうか。このまま押し進めると、反って戦争を引き起こしかねませんので、慎重に事を進めていきたいと考えています。また、ドイツとの関係ですが、現在は定期連絡以外の外交は進めていません。宍戸所長が米内総理に提言された通りに進んでいるはずです。このままドイツから手を引くとのことですが、今すぐにでも可能であるとの見方も出ています」
「外交の問題点はこんな感じでしょうか。何か質問ある方?」
宍戸は会議室にいる研究員に聞く。特に聞きたいことはないようだ。
「えーそれでは、次に陸軍、よろしくお願いします」
「はい、軍事部陸軍課です。現在陸軍は歩兵用の新型機関銃の研究を中心に行っています。機関銃は概ね研究開発が終了し、これから増産体制に入ります。その他軽戦車はすでに九五式軽戦車、中戦車は九七式中戦車として生産が開始されています。小銃に関しては、現在他の研究に押しつぶされてしまい、小銃の研究が滞っている状態です。研究については以上です。編成につきましては、旧関東軍の解体、再編成が行われたため、国内の師団数は大幅に増えています。この数なら、南方作戦に必要な師団数を十分に補えます。問題があるとすれば、彼らを輸送する艦が若干足りないことでしょうかね。その他戦闘機、爆撃機の研究が進み、戦闘機は二年以内に量産体制に入れる可能性があるとのことです」
「なるほど、ありがとうございます。今のところ質問ありますか?」
何人かの研究員が首を振る。
「では次に海軍の方、お願いします」
「軍事部海軍課です。海軍においては、戦時標準型とも言える量産型駆逐艦の増産を行っています。それに加え、まだ計画段階ではありますが、新設計の空母、戦艦、重巡洋艦を建造予定としています。新設計の空母の建造に伴い、新型の艦上戦闘機及び艦上爆撃機の研究が行われています。試験飛行はおそらく一年以内かと思われます」
「はい、ありがとうございます。何か質問等ある方」
特に何も無かった。
「それでしたら、続いて予算関係ですね」
「はい、会計部です。欧州情勢が不安定であること、米国による対日制裁、世界恐慌が後を引いていることから、財政を見ればかなり逼迫している状態と言えます。それに対して、国民の消費が落ち込んでいることもあり、減税や貨幣の流通量の増加を視野に入れた政策が必須と考えます。しかし、減税も貨幣の増加も一歩間違えれば、爆発的なインフレーションを起こしかねない危険性を孕んでいるため、戦時でもない現在は減税が手っ取り早い対策方法とも言えるでしょう。ただ、減税をしたとしても、国債の発行は歯止めが効かないと思いますがね。結局は貨幣の流通量も増やすことも視野に入れるべきかと。それよりも、陸海軍の予算が大幅に増加しているのは少々いただけないところだと考えています。戦争に備えるためとはいえ、少々使いすぎな気もします。まぁ、部外者が何を言っても仕方ないのかもしれませんが。以上です」
「なるほど、ありがとうございます。何か質問ある方は?」
ここでも手は上がらなかった。
「えー、そしたら、今日の会議は終了とします。解散の前に、予告をしておきます。周知の通り、来週から再び机上演習が始まります。特にソ連方面で大きな変わり目がありましたからね。その辺りも含めて再度検討したいと思います。それでは、以上となります。お疲れ様でした」
こうして現状確認の会議は終了した。やらなければならないことも多くあるが、一つ一つ潰していくしかないだろう。




