第53話 ドゥーチェ
ソ連が内戦状態に突入したニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。
さらに宍戸が連絡した転生者と一部の関係者のみだが、ドイツのフランス侵略のことも伝えられる。
これらによって、世界の緊張度は日に日に上昇していくことになる。
そんな中、イタリアのローマに身柄を移送された転生者、ミレーナ・メランドリは、ついに国家指導者であるムッソリーニと対面していた。
「……こいつが例の転生者って奴か」
「はい。しかし、これまでまともに口を利いたことはありません」
ムッソリーニに説明するイタリア兵。
ムッソリーニはメランドリに尋ねる。
「なぜ未来のことを教えない?」
数秒ほど静寂な時間が流れる。
するとメランドリは口を開いた。
「……未来のことを教えたら、あなたたちは行動してしまう……。そしたら戦いが起きてしまう……。今のイタリアにとって悪い未来を変えるための戦いが……。だから教えられない……」
初めてまともに喋るメランドリを見て、イタリア兵は驚く。
そしてそれを聞いたムッソリーニは、言葉を返す。
「仮に貴様が黙っていても、我々は行動を起こすぞ? それでもいいのか?」
「駄目……、それでも駄目……」
メランドリはムッソリーニの言葉を否定する。
「お願い……、戦わないで……」
「話にならんな。この戦況を変えられると思ったが、無駄骨だったようだ」
そういってムッソリーニは、メランドリの前から立ち去ろうとする。
「な、なら教えてあげる……。この国の進む道を……」
その言葉を聞き、ムッソリーニは立ち止まる。
「やっと話す気になったか。聞いてやろう」
ムッソリーニはメランドリと向き合い、話を聞く。
「イタリアは……、連合国と戦争になって、最終的に連合国に無条件降伏して、そしてあなたは失脚するわ……」
「……そうか。さすがに連合国には勝てなかったか。それで、国家ファシスト党はどうなる?」
「もう分かるでしょ……。終焉を迎えるわ……」
イタリア兵は驚きっぱなしである。一方のムッソリーニは、想定の範囲内のような顔をする。
「ドゥーチェ……」
「心配するな。ヒトラーの成果を見れば、俺より腕が立つのは明らかだろうさ。それよりも、我々の今後が問題だ」
そういってムッソリーニは顎に手をやる。
「ヒトラーの勢力下から脱出するために連合国入りしたいところだったが、コイツの話を聞く限りじゃ、ファシストはお呼びではないようだな」
その言葉に、メランドリは反応する。
「あなたさえいなければ、イタリアは平和そのものだったのよ! 何を無責任なことを言ってるの!? ふざけるのも大概にして!」
その様子は、先ほどとは打って変わって、激しく燃える炎のようだ。
感情が高ぶりすぎたメランドリの目からは、あふれ出るように涙が流れ出る。
それにムッソリーニが答える。
「そのような理想論を唱えるのは子供だけでいい。国家の安寧を求めるために、戦わなければならないときだってある。未来から来たのなら、それを十分理解していると思っていたのだが……。残念だよ」
そういってムッソリーニは、メランドリが監禁されている部屋から出る。
部屋から出てきたムッソリーニに、一人の閣僚が近づく。
「話は聞いていました。これからどうするんです?」
「そうだな……。このまま連合国とナチ党との板挟みが続けば、ヒトラーの野郎の手のひらで踊っていそうだ」
「我々の安全のためにも、どちらの陣営に入るのかを決断していただきたいのですが……」
「そう焦るな。今の状態で連合国に交渉しても、どうせ決裂されるだけだ」
「なら……」
「問題ない。俺に考えがある」
「考えとは……?」
「簡単だ。国家ファシスト党を解散させる」
「かっ……!」
閣僚は驚く。
「そんなことをすれば、国民からの大反発を食らいますよ!? いくらドゥーチェでもそれは無茶です!」
「早とちりするな。あくまでも党を解散させるだけだ」
ムッソリーニは歩みを止める。
「我々の結束力は十分に育まれた。もはや誰にも我々の民族統一精神を壊すことはできない」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに、ヒトラーの野郎がフランスに侵略するって情報もあるそうじゃないか。ここで連合国と戦争に突入してしまったら、これまでの積み重ねが全てパーだ」
ムッソリーニは決断する。
「……正式決定だ。内閣は解散、国家ファシスト党を解体して、俺の肩書や権力を全て国王に返還する。時期はヒトラーがフランス侵攻を開始した瞬間だ」
「ドゥーチェ……」
「何、心配するな。我々の精神は、党に縛られるものではない。国民全員に浸透しているはずだ。それは形を変えて、やがてイタリア王国を影から操る力になるだろう」
閣僚はそれを聞いて、覚悟を決めたようだ。
「承知しました、ドゥーチェ。すぐに手続きします」
そういって閣僚は、先に建物の出口に出る。
「俺の時代はもう終わりなのかもしれないな……」
ムッソリーニは物寂しそうに言う。今まで育ててきた子供が巣立ったような、そんな感情だった。




