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第47話 虚偽

 一九三六年八月十六日。

 ベルリンオリンピックが閉幕し、賑やかさも落ち着いてくる頃。

 イギリス、ロンドンにある情報機関「知恵の樹」は、とある情報を掴んだ。

「ドイツがイタリアに脅迫めいた電文を送っている?」

「はい。先週だけでも、十五通も一方的に送信しています」

 相談役として機関に居座っているロバート・コーデンは、職員からこのような話を聞く。

「内容はどれも似ており、今すぐ連合国との関係を絶ち、枢軸国へと戻るよう促す内容がほとんどです」

「なるほど。史実にはなかった、イタリアとフランスの秘密裏の会合が効いているというわけか……」

「イタリアとフランスが関係を持てば、ドイツはヨーロッパで孤立しますからね。勝てそうな方に入り込むという、イタリアらしからぬ姑息な外交ですよ」

「イタリアにとってみれば、ドイツからの枢軸国への引き戻しは、応えても応えなくても正直どうでもよいですからな」

「それもそうだ。イタリアは応じる必要はない」

 そのようなことを言いながら、コーデンはちょっとした違和感を感じる。

(何か引っかかるな……)

 その違和感の答えを求めて、視界に入っている部屋の中をグルリと見渡す。

 その時コーデンは、部屋の中央にある巨大な世界地図を見る。地図の上には、各国の戦力が分かりやすいようにチップのようなものが積み上げられていた。

「……そういえば、今チェコスロバキアにドイツ軍が移動してるって報告があったな……」

「えぇ。チェコスロバキアとの併合を武力で押し通すとの見立てですが……。それが何か?」

「……確かドイツは、この間オーストリアを併合した。間違いないね?」

「はい、間違いありません」

 コーデンの脳裏に、ある考えがよぎる。

「……これは僕の荒唐無稽な考えかもしれないけど」

 このように前置きして、コーデンは話す。

「もしかすると、チェコスロバキアに移動しているドイツ軍の目的地は、目前のチェコスロバキアではなくイタリアなのかもしれない……」

「……え?」

「本当にどういうことだ?」

 職員の一人が小さい声で同僚に尋ねるも、分からないままである。

「ちょっと話が突飛すぎましたね。順を追って説明します」

 そういってコーデンは、壁に掛かっていたヨーロッパの地図を使って説明する。

「まず前提として、イタリアはドイツを裏切ろうとしています。そのイタリアはフランスと手を結ぼうとしている」

「その通りですね……」

「そこでドイツ……、ヒトラーは考えた。『このままイタリアを連合国側に寝返らせたら、ドイツの立場が危うい』と」

「……まさか、チェコスロバキアに向かっているドイツ軍をイタリアに差し向けて、武力で脅すってわけですか?」

「僕の考えでは、ですが」

「そんな、あり得ませんよ。武力で脅すというのに、師団の数が少なすぎます」

「それでドイツ軍の進駐をみすみす見逃した例があるじゃないですか」

「ラインラントの時はそうだったかもしれませんけど……! 」

 コーデンは席に戻り、職員に向き直る。

「ヒトラーのやることは姑息で、我々の想像を上回ることもあります。油断は禁物です」

「ですが、その予想が的中していたとして、我々に何ができるのでしょう?」

 職員の一人が尋ねる。

「そうですね……。そんな時こそ、我々『知恵の樹』の本領発揮を見せる時ではないですか?」

「我々の本領発揮といいますと……?」

「広報活動……!」

 職員の一人がそれに気が付く。

「すぐに首相演説用の原稿作成に入ります」

「よろしく頼みます」

 職員たちは、コーデンの席から去る。

 それを見届けたコーデンは、机の上のティーカップを手に取る。

「さて、ブラフはどこまで通用するかな?」

 そういってティーカップに入っていた紅茶を飲む。

 二時間後にはとある提案と首相演説用の原稿が出来上がり、直ちに内閣へ通達する。

 そして内閣の秘密閣議にてこの提案と演説の原稿が承認され、首相であるスタンリー・ボールドウィンが次のように公式発表を行った。

『我が国は先ほど、スペイン内戦の動向を確認するためにジブラルタルに派遣した軍艦数隻を、イタリア王国のアドリア海に派遣することを決定した。現在イタリア王国は現在の政治的な立場を覆そうと、様々な試みをしているところだ。我々はそれを歓迎するために軍艦を派遣する。これは平和的な行動に過ぎず、いかなる戦火を広げるものではないことを強調する』

 今回のブラフは、軍艦の派遣である。実際は派遣などしない。

 アドリア海にイギリス軍がいれば、ドイツ軍の動きを少しでも食い止めることができるかもしれない。今回はその可能性に掛けたのだ。

 だが、この話が嘘だと分かれば、ドイツ軍は容赦しないだろう。コーデンは、心の中で祈った。

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