第27話 義勇軍その二
一九三六年四月二二日。
バレンシアまで残り二十キロメートルといったところである。
「誰かへばったりしたヤツはいるか?」
山岡中将が聞く。
「若干名出ていますが、支障ありません。どちらかと言えば山砲連隊が遅れ気味です」
「そうか。いくら山砲とはいえ、少し無茶をさせているかもしれないな」
そういって山岡中将は、水筒に入った水を飲む。
「何回聞いたか忘れたが、大本営から命令は来ているか?」
「まだ来ていません」
「全く。この通信もタダじゃないんだ。もう少しまともな命令が欲しいものだね」
そんなことを言っていると、先頭を走っている車両が引き返してきているのが見えるだろう。
「おい、ありゃ第七連隊の乗っている車両じゃないか? なぜこんなところにいる?」
歩兵第七連隊の車両が、山岡中将の乗っている車両のそばに止まると、中から連隊長が出てきた。
「報告します! 前方より正体不明の戦車を発見! 反乱軍の情報より政府軍と判断し、現在少数の偵察部隊を残し、撤退してきたところであります!」
「戦車だと? こんなところでか」
山岡中将は嫌な顔をする。
「政府軍なら攻撃してもいいですが、我々の戦力では太刀打ちは不可能かと」
国崎大佐が進言する。
山岡中将は少し考え、ある物を要求した。
「地図を」
自動車のボンネットに地図を広げ、状況を確認する。
「今、反乱軍はバレンシアに攻勢をかけていると言っていたな。すると、その後ろから戦車隊が押し寄せてくることになる。不本意だが、我々の目標が達成できなくなる恐れがあるな」
「それは困りますが、まさか我々で戦車を撃破するつもりですか?」
「そうだな。それが我々と反乱軍にとって最善の手だ」
「しかし、どうするつもりですか? まさか山砲を戦車に直撃させるわけじゃないでしょう?」
副師団長が聞く。
「考えがないわけではないが……。参謀長、どう思う?」
山岡中将が聞く前に、すでに国崎大佐は考えを巡らせていた。
「連隊長、戦車を見たというのは、だいたいどのあたりですか?」
「この先にある町の中です」
「町の中なら、こちらに有利な場所でもあります」
「何か思いついたのか?」
山岡中将が聞く。
「遂行できる可能性は若干低いですが、我々ならできることです」
「念のため聞かせてくれ」
山岡中将の言葉に、国崎大佐は説明で答える。
「……なるほど。確かに難しい作戦行動ではあるが、できなくはない……」
山岡中将は顎に手をやる。
「残してきた偵察部隊から連絡は入ってますか?」
国崎大佐は連隊長に確認する。
「一時間前に『敵戦車に動きなし』の連絡を貰ってからはありません」
「ならいけそうですね」
「そうだな……。山砲連隊を呼べ。第七連隊はもう一度戦車の元へ向かうぞ」
こうして歩兵と山砲で戦車を撃破する、無茶な作戦が決行される。
まずは歩兵を、街中にいる戦車の近くまで向かわせる。物陰から様子を伺いながら、かなり近くまで隠密行動を行う。
残してきた偵察隊の情報によれば、戦車は全部で五輌とのこと。
今、向かわせた歩兵が全部の戦車を確認する。
それとほぼ同時に、約一キロメートルはなれば場所から山砲四門による一斉直接射撃が敢行される。
その射撃音に気が付いた政府軍の戦車は、周辺の索敵を始めるため、戦車を動かし始めた。車長はキューポラから体を出し、双眼鏡で周辺を見ている。
山砲による二射目。音の方向を確認した戦車隊は、まっすぐ山砲連隊のいるほうへと動いていく。
その戦車隊の両脇には、第七連隊の歩兵がいた。素早く動けるように、荷物を最小限に抑えている。その手には九一式手榴弾が一個握られていた。
そして歩兵の横を戦車隊が過ぎ去っていく。
それを確認した手榴弾を持った歩兵と、小銃と拳銃を携行した歩兵が一緒になって走り出す。
戦車の斜め後ろ方向から走り込んで、戦車の上に登る。かなり危険な行為だ。
なんとかして車輛の上に乗りあがると、最初の歩兵は手榴弾のピンを抜きながら、銃剣を抜く。そのままキューポラから体を出していた車長の首を掻っ切り、心臓を一刺しする。
そのまま手榴弾を戦車の中に放り込むと、歩兵はすぐさま戦車から飛び降りた。数秒後、戦車の中から爆発音が響き渡る。それに驚いた他の搭乗者が出てきたところを、小銃を持った歩兵が狙う。至近距離からの銃撃、これを外すわけには行かない。
この作戦を五輌同時に行い、見事に戦車隊を沈黙させることに成功した。その情報は、すぐに山岡中将の元に届く。
「なんとかなったか」
「博打に勝ったような気分です……。まさか歩兵で戦車を撃破するとは……」
「彼らなら、なんとかして打ち勝っていただろう。これでこの町を通ることができる」
山岡中将は自動車に乗り込み、先を急がせる。
「バレンシアはまだまだ遠い。先を急ぐぞ」
こうして第九師団は、バレンシアの手前の町であるサグントを通り過ぎた。