第26話 義勇軍その一
一九三六年四月十七日。カステリョン・デ・ラ・プラナ。
スペイン内戦勃発時は政府軍の支配地域であったが、四月中旬の反乱軍による攻勢でファシズム陣営になった。
そんなカステリョンに、帝国陸軍第九師団を乗せた船が到着する。
港町であるものの、軍港ではないため、荷物の吊り降ろしに時間がかかるようだ。
「まったく、はるばるこんなところまで連れてきて、一体参謀本部は何を考えているのだ?」
師団長の山岡中将は、スペインの地に降り立って開口一番、そんなことを愚痴る。
「それがですな、中将。我々をスペインに派遣したのは、最近設立された大本営立川戦略研究所なる組織が指示したとの噂が入ってきているのです」
師団参謀長である国崎大佐が、ソース不明の情報を打ち明ける。
「大本営だと? 帝国は戦時ではないのに、なぜ大本営が設置されている?」
「そこまでは分かりません」
「全く、世の中は不思議なことばかりだ」
そんな山岡中将の前に、一人の軍人が現れる。
『ようこそ、日本の皆さん。ホセ・サンフルホだ』
『こんにちは、サンフルホ中将。会えて嬉しいです』
『こちらこそ、盛大な歓迎などできずに申し訳ない』
簡単な挨拶と握手が交わされる。
『そういえば、皆さんのしたいことを聞いていなかった。何をしに来たんだい?』
『私たち、よく分からない。転生者を探すのを命令された』
『転生者を探す……? 彼女は一ヶ月以上行方不明のままだ。探すって言ってもどこを探すつもりだ?』
「……と言ってますが」
通訳の少尉が山岡中将に尋ねる。
「そうは言われてもな。次の命令は来てないか?」
「通信兵、どうだ?」
「ちょうど今来ました。『まずはバレンシアに向かえ』とのことです」
「バレンシアというと……」
山岡中将は地図を覗き込む。
「現在政府軍に占領されている場所ですな」
「わざわざ敵地に突っ込んでいけと言うのか?」
その話を聞いていたであろう、サンフルホ中将が会話に割り込んでくる。
『今バレンシアと言わなかったか? 今反乱軍が制圧にかかっている場所だ。君たちのような戦力がすぐに投入できるのなら、占領なんて簡単だ』
「……だそうです」
「はぁ。仕方ない、移動する。トラックはあるか?」
「残念ながら、自動車の類いは乗船時に全て置いてきてしまっていて……」
山岡中将は舌打ちしながら、周囲の様子を見渡す。
「そういえば、ここは静かだな。とても港町とは思えない」
「それもそうですね……。ちょっと話を聞いてみます」
通訳の少尉が、サンフルホ中将に尋ねる。
『そりゃあ、先週までここが戦場だったからな。とはいっても、ほとんど無血開城したもんだよ。市民は全員逃げていったけど』
「無血開城で都市を占領か……。運がいいのか、戦略がいいのか……」
そして山岡中将は指示を出す。
「町中にある自動車という自動車を、全て持ってこい。特にトラックがあればいい」
「まさか、ここで略奪をしていけと言うのですか!?」
「いや、この都市の市民が手放した物を有効活用するだけだ。地図によると、バレンシアまでは六十キロメートルのようだから、車さえあれば何とかなる」
山岡中将は国崎大佐に目配せをする。
「そうですね……。車に乗せる兵と歩かせる兵を分けて、交代しながら進めば、一週間以内でバレンシアに到着するハズです」
「よし、工兵は自動車の回収を。輜重兵の荷物を優先的に乗せていけ。人が乗るのは、荷物の隙間だ」
こうして、町中に工兵が走り、自動車という自動車が回収される。明らかに動かない物を除いた自動車が、港周辺に集められる。
「修理の必要がある車は、ここで修理していけ! 明日の朝までには修理を終わらせろ!」
山岡中将は、少々無茶な時間設定をする。しかし師団長の命令だ。無下にするわけにも行かない。工兵は急いで修理を行う。
夜になり、あちらこちらで小さい明かりが灯される。その光で、工兵は必死に修理を続けていた。
山岡中将は近くの建物にあったバルで、適当なビールをあおっていた。
「欧州のビールはそこそこ苦いんだな」
「どうも我々の口には合いませんね」
副師団長と国崎大佐、その他数人で飲む。
そこにサンフルホ中将とスペイン兵がやってきた。
『どうだね? スペインの酒は』
『少し苦いです』
『そうか。我々はあと数時間ほどでここを出発し、バレンシアへと向かう。そこでまた落ち合おう』
そういってサンフルホ中将はバルを出ていった。
「余裕そうでしたな」
「おそらく一種の嫌味だろうな。聞くに値しない」
そういって山岡中将はジョッキを置く。
「我々も寝よう。明日は朝から移動だ」
こうして夜は更けていく。