第20話 内戦
スペイン南部。モロッコを中心とした反乱軍は、首都へと突撃しようとしていた。
すでに反乱軍の航空機によって、首都周辺の制空権は確保されるも、歩兵の速度はそこまで早くなかった。史実よりも半年ほど早い開戦のため、兵の準備が整ってないことが原因だ。
そのような中でも、トレドは反乱軍によって陥落し、首都マドリードに向けて進撃を開始しようとしていた。
「荷物は最小限に! 弾薬の輸送が最優先だぞ!」
「飯はその辺で奪えばいい! 早く行くぞ!」
「おい! こいつはどうすればいい!?」
兵士の一人が指さした先には、以前と変わらない表情をしたイザベル・ガルシアがいた。
「一応連れてけ。もしかすれば交渉材料になるかもしれん」
ガルシアは、兵士から雑に引っ張られる。
「おら、とっとと歩け」
命令には従うガルシア。もしここで拒否などすれば、命の保証はないだろう。
ガルシアは兵士と共にトラックの荷台に乗せられ、前線となるマドリードへと出発した。
「これから実戦かぁ。俺ら、生きて帰れるのかな?」
「バカ、そういうのは訓練を真面目にやってきた連中が言うセリフだ。お前のような不真面目人間が使う言葉じゃねぇ」
トラックに乗っている小隊長が茶化す。
「だが、生きてやるっていう底力が、戦闘力を向上させるのは間違いない。前線についたら、存分に暴れまわれよ?」
「はい!」
すると小隊長は、何か良からぬ目でガルシアを見る。
「でもまぁ、褒美くらいは欲しいよな?」
「そうですねぇ。でも、褒美って具体的には何を?」
「分かってねぇなぁ。そこにいるだろ?」
そういって小隊長は、顎でガルシアの事を指す。
「俺たちで一発ヤるんだよ」
男性なら分かるであろう隠語。もちろん、ガルシアも理解する。
「それじゃあ、小隊長の俺から行くぜ」
そういって小隊長は、ズボンのベルトに手をつけた。それと同時に、他の兵士がガルシアの拘束を緩める。
その瞬間だった。
歩兵を乗せたトラックの車列の一台が、突如として爆発炎上したのだ。
「な、なんだぁ!?」
小隊長はベルトを締め直して、トラックの荷台から降りる。その時、上空から爆音が響き渡る。
「て、敵機だァ! 敵機襲来!」
政府軍の航空機である複葉機が、車列に向かって機銃をぶっ放してきた。無差別にトラックを襲撃してくる。
「退避ー! 退避だー!」
政府軍の航空機は、トラックから脱出して逃げる兵士に向けて機銃掃射する。ハーグ陸戦条約に抵触する恐れのある行為だ。しかし、兵士が集団で逃げている上に、戦力を削がなければならないという政府軍側の思考から、条約無視の行為が発生しているのだ。
そして、その恩恵を一番に受けているのは、他でもないガルシアであった。
トラックの荷台に放置されていた彼女。政府軍の攻撃の的が移動したことにより、安全な状況に落ち着いたのだ。
彼女は解かれつつあった拘束を自力で外し、思いっきり深呼吸する。
「ん-、いい空気! ここが戦場でオイル臭くなかったら、もっと最高だったのに」
そういってガルシアは、スマホを確認する。
「あちゃー、未読メッセージ溜まっちゃってる。あとでちゃんと読まなきゃ」
そういって彼女はスマホをポケットにしまう。そしてトラックの荷台に置きっぱなしだった小銃一丁を拝借し、弾倉を数個ヒップポケットに押し込んだ。
「さて、どこまでいけるかしら?」
そんなことを言いながら、ガルシアは一路マドリードへと向かう。
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宍戸のスマホの着信が鳴ったのは、夜も更けた二一時だった。
スマホの画面を見ると、イザベル・ガルシアの文字。宍戸はベッドから飛び上がって電話を取る。
「もしもし!?」
『もしもし? スペインのイザベル・ガルシアよ』
「良かった、生きてたんですね」
『そうなの。今まで連絡が取れなくてごめんなさい』
「いいんです。あなたの安否が分かって安心しました」
『心配してくれてありがと。でもあと少しだけ心配してほしい事があるの』
「なんでしょう?」
『今ちょうど内戦に巻き込まれちゃって。反乱軍から逃げてきたのはいいんだけど、これから行く当てがないのよ』
「それは困りましたね……」
宍戸は少し考える。
彼女の身を案ずるなら、安全な場所に向かうべきだろう。今後も安全と保障される場所と言えば、イギリスかアメリカだ。しかし史実では、スペイン内戦が勃発しても両国とも中立を保っていた。おそらく今回も中立を保つことだろう。
ならば同じ大陸、隣り合った国に逃げるのが最善の策だと、宍戸は考える。
「それなら、政府軍に保護して貰った上で、フランスに亡命するのはどうでしょう?」
『そうね、アリかも』
「しかし、それも第二次世界大戦が始まるまでの時間稼ぎにしかならないでしょう。個人的にはアメリカかイギリスの協力を得て、どちらかの国に逃げるのが最善だと思うのですが……」
『でも贅沢は言ってられないわ。とりあえず、政府軍に取り合えるか試してからね。アタシはこのままマドリードまで徒歩で行くわ。ちょっと時間がかかるかもしれないけどね』
「そうですか……。とにかく、自分の身の安全を最優先にお願いします」
『忠告ありがとう。じゃ、またね』
そういってガルシアとの電話は切れた。
宍戸は、胸の中にあった小さな不安が消える感覚を覚える。彼女とは最後まで連絡がつかなかったため、少し安堵しているのだ。
宍戸はスマホをベッドの横にある机に置く。すると、横ですず江がビックリした様子でこっちを見ていた。
「か、和一様……。今、何をなされてたのですか……?」
「あー……」
宍戸は数十分かけて、スマホのことをすず江に説明した。