第2話 邂逅
宍戸が連れていかれた先は、どうも霞が関か大手町の近くのようだった。車の窓から古い東京駅の駅舎が見えたからだ。
そのまま、車はとある建物へと入っていく。
「さぁ、着いたぞ」
車を降りると、海軍下士官が待っていた。
「お待ちしていました」
「うむ。彼を部屋まで案内しなさい」
「はっ」
宍戸は下士官の後ろをついていく。建物に入って三階に上がる。
「こちらになります」
下士官が部屋の扉を開ける。中は六畳ほどの狭い部屋で、ベッドと机と椅子、そして電球しかなかった。
「別命あるまで、ここで待機してください。便所は奥にあります」
そういって下士官は部屋を去る。
「別命あるまでって、いつまで待てばいいんだ……」
そんなことを呟きながら、宍戸は部屋の中を見渡す。
「なんにもねぇな……」
窓はついているものの、見晴らしは良くない。なんなら、隣の建物に手が届きそうなほどである。
「つーか眠い……」
宍戸はベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。
次に目が覚めたのは、日が出てくる頃だった。持っているスマホで日時を確認する。
『一九三六年一月一日 七時一八分』
「ご丁寧な仕事だこと……」
スマホにはロックがかかっておらず、すぐにホーム画面へと遷移する。
「セキュリティに難ありだな……」
設定からホーム画面ロックを選択し、暗証番号を設定する。
そしてホーム画面に戻ってきたとき、一つの通知が来た。見たことにないチャットアプリである。
アプリを開いてみると、一つだけグループが作られており、そこにメッセージが書き込まれていた。
『誰か、この状況を説明してくれ!』
名前はアレクセイ・イグナトフと書いてあった。おそらくロシア人だろう。
『どうかした?』
『あぁ! 繋がって良かった。君は誰?』
『俺は宍戸和一。日本人。もしかして転生してきた人?』
『多分そう。あのよく分かんない声が聞こえてきたと思ったら、クレムリンの中にいた。今は牢屋の中に閉じ込められているんだ』
『それはお気の毒に』
そんなメッセージのやり取りをして、一つ気付いたことがある。
『君はロシア人だよね? 日本語を学んでいたのか?』
『日本語はさっぱりだ。君こそロシア語で書いてるようだけど……』
「これ……、自動翻訳されている……?」
そのことを書き込もうとしたら、誰かがグループチャットに入室してくる。名前は「名もなき女神」だった。
『ごきげんよう。私が、あなた方を転生させたのです。何か質問があれば、@女神で質問してください』
おそらく今回の元凶である、天界の声もとい女神がやってきたのだ。
『@女神 この状況を説明してくれ!』
早速イグナトフが説明を求めてきた。
『お答えします。アレクセイ・イグナトフ様は、出現位置がクレムリン内部であったため、クレムリンを警備していた兵士に捕らえられた状況です』
『そんなことは分かってる! どうやったら自由の身になれるんだ!?』
『それは私にはどうにもできません。あなた自身の力で脱出してください』
「エグいな……」
その時、宍戸はある疑問が思い浮かぶ。
『@女神 そういえば、天界で「あなた方」と言っていたが、他にもこの世界に転生してくる人がいるのか?』
『はい、その通りです。全員で八人が転生します』
『ここに全員いるようには見えないけど?』
『彼らの母国の標準時では、まだ一月一日になっていないからです。あと七時間以内に全員が揃うでしょう』
『母国ってことは、一ヶ国につき一人が転生するって感じか?』
『そうです』
「これじゃあ、まるで架空戦記そのものじゃんか……」
宍戸がそう呟くと、先にイグナトフがメッセージを送る。
『まるで、僕たちに架空戦記のゲームをやらせているみたいじゃないか』
『全くその通りです。先に説明した通り、これから皆さんにはこの世界……一九三六世界にて架空戦記を実施していただきます』
『なんでわざわざそんなことを……』
宍戸がそう聞く。
『簡単に言えば、娯楽のためです。あなた方の活躍を楽しみにしている方々がいます。その方たちのために、皆さんには命を削る思いをしていただきます』
「俺たち完全に被害者じゃん……」
『一九三六世界の首脳陣たちは、皆さんが転生することを知っています。その上で、どのようにするのかは彼ら次第となります』
『それは少し横暴じゃないか?』
『少し横暴くらいが面白いのです』
「あぁ、こりゃ駄目だ……。これ以上追及できない」
そんなことを言っていると、部屋の扉がノックされる。
「宍戸和一様、起きていらっしゃいますか?」
「あ、はい、起きてます」
宍戸はスマホを置いて、扉を開ける。そこには下士官がいた。
「お食事とお飲み物をお持ちしました。今日は正月ですので、紅白餅を用意させていただきました」
「これはご丁寧にどうも」
「では、これで失礼します」
そういって下士官は去る。
「……まぁ、今はこの状況に慣れるしかないな」
そういって雑煮に入った餅を食べるのであった。