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第18話 大本営

 一九三六年二月十二日。

 宍戸はとある場所に来ていた。

「ここか……」

 東京府立川町。陸軍の立川飛行場正面入口から歩いて五分ほどの建物。

 ここに大本営立川戦略研究所が設置されることになった。すでに国会での承認は終了しており、陸軍省と海軍省から職員が派遣されている。

 戦略研究所と銘打っていることもあり、岡田総理からは「皇軍の戦略を制定してほしい」とのお言葉も貰っている。

 そしてこの研究所の所長に、宍戸が内定したのだ。宍戸は、肩書が重くなっていく感覚を覚える。

「まぁ、もともと戦略政務官兼連絡将校とか言われてたから、こんなもんだよな……」

 宍戸をここまで乗せてきてくれた専属の自動車運転士と別れ、宍戸は立川戦略研究所に入る。

 建物はかつて巨大な金庫を持つ、現代の信用金庫のような組織が入っていた。いつの間にか組織が去っていたため、これを国が買い取ったというわけだ。建物自体はかなり広く、色々と作業がしやすそうだ。

「おはようございまーす……」

 中に入ると、各々の事務机が並べられ、卓上には名札が並べられている。それから察するに、どうやら宍戸の席は、管理職の席のように一同の机を見渡せる場所のようだ。

「宍戸所長、おはようございます」

「おはようございます」

 研究員が宍戸に挨拶をする。宍戸はそれに返事していく。

 机に到着すると、一枚の紙が置いてあった。内務省から届いた手書きの辞令である。

「いやどうも……」

 宍戸は椅子に座り、部屋の中を見渡す。今はまだ殺風景であるが、そのうち書類の山が出来上がることだろう。

 そんなことを思っていると、部屋に掛かっていた振り子時計から九時の鐘が鳴り響く。業務開始の合図である。ただ、立川戦略研究所は公式には四月から開所することになっているため、のんびりとした空気が流れていた。

 宍戸は業務の一環として、スマホのチャットアプリを開こうとした。

 その時、研究員に声をかけられる。

「所長、これから研究員全員に対する訓話をお願いしたいのですが」

「え? あー……、分かりました」

 気が進まなかったが、宍戸はそれを了承する。外に出ると、すでに研究員が整列していた。

 宍戸は、研究員たちの前にある朝礼台に登り、彼らのことを見る。

「えー、本日はお日柄もよく……、なんて話はしません。単刀直入に言います。今、この国が戦争を始めれば、必ず敗北します」

 その言葉を聞いた研究員たちは、衝撃を受けた顔と声を出す。

「自分はそんな状況にしたくない、させないようにしたいと考えています。仮に戦争に巻き込まれても、最後まで立っていることができるように。この仕事は、国家の存亡をかけた大事な仕事です。勝つことはできなくても、負けることのない戦いができるような軍政を期待します」

 簡単ではあるが、宍戸の挨拶が終わった。

 そして和やかな空気が漂う中、ゆるく仕事が始まる。とはいっても、まだ開所してない研究所だ。そんな大げさなことはできない。

 それでも、取り掛かるべき書類が何冊もやってくる。

「こちらが来年度に入所する予定の民間人の表になります」

「陸軍省と海軍省では仕事の進め方が異なるので、共通化した要領書を策定すべく……」

「今月末までに揃えておくべき、必要な事務用品の一覧です」

「事後処理になりますが、事務机や椅子の購入申請書に捺印を」

 結局、この日の午前中は書類の精読で終わった。

 十二時の鐘が鳴る。宍戸は、持参した弁当を開ける。すず江が頑張って作ってくれた弁当だ。トミさんがサポートしてくれたらしい。

「いただきます」

 宍戸はその弁当を大切に食べる。

(結婚ってこんな感じなのかぁ)

 つい先日まで普通の大学生だった宍戸にとって、結婚ほど縁が無かったものはない。

(こんな生活なら、結婚も悪いものではないのかもな)

 そして弁当を平らげた。

 午後の課業が始まるが、書類関係は終わっているため若干暇である。

 宍戸は午前中にやろうとしていたことを思い出した。スマホを取り出し、チャットアプリを開いた。

 グループチャットでは、断続的に会話が続いていた。宍戸は投稿を眺めていることが多かったが、状況は少しだけいい方向に進んでいるようだ。

『大統領に頼み込んで、ようやくマジノ線に軍を派遣できそうだ』

『私はヒトラーと話ができるように頼み込んでいるんだけど、全く反応なし。駄目そう』

『イギリスは英独海軍協定があるから、何も口出しできないんだよね』

「英独海軍協定……」

 宍戸はフリー百科事典で調べる。イギリス海軍の艦艇に対して三五パーセント、潜水艦に限れば四五パーセントまでの建造を認めるというものである。

「ドイツの潜水艦と言えば、Uボートだな……」

 そして宍戸はメッセージを書き込んだ。

『Uボートの脅威は知っているだろう?』

『もちろんだよ。今、政府関係者と軍政について話し合ってるところ』

「どこの国も大変そうだな」

 宍戸はもう少し、情報収集を続けるのだった。

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