第142話 会談
宍戸は少し冷静になり、スマホを取り出す。そして電話をかけた。もちろん相手はアメリカにいるパドックである。
八回ほどコールしたところで、パドックが電話に出る。
『もしもし……、急に何の用?』
「今すぐトルーマン大統領と話をさせてほしい」
『今? 何時だと思ってるの? こっちはもう真夜中よ?』
「あぁ……、時差のこと考えてなかった。時差何時間だっけ?」
『確かアメリカは日本より十四時間遅かったはずよ』
「じゃあ……、六、七時間後に話せるようにしておいてほしい」
『いいけど、今から連絡して間に合うかしら……』
「間に合わせてほしい。頼む」
『分かったわよ……。じゃあすぐに関係各所に連絡するから、電話切るね』
「あぁ、じゃ」
そう言って宍戸は電話を切る。
「宍戸所長、今何の約束をしたのですか?」
「新たな日米対話の予約です。開始時刻は今から六時間後です」
「そんな急な話をされても困ります」
林の口調は冷静であったが、表情には焦りが見えていた。
「とにかく、米内総理に話をつけに行かないと……」
宍戸はすぐに、壁に備え付けられていた電話の受話器を取り、手回し発電機を回す。
『申します申します。どちらへおつなぎしますか?』
「首相官邸へ」
関係各所に連絡を取り、米内総理と外務大臣、それから陸軍省と海軍省の大臣を呼び出した。
今は首相官邸にて、アメリカ側からの連絡待ちである。
「それにしても、アメリカで原子力爆弾の実験に成功するとはな。我が国でも極秘で研究させていたが、一足先を越されたようだ」
そんなことを米内総理が言う。
「日本でも研究はされていましたか。しかし、アレは兵器として使用するには恐ろしすぎます。発電所の燃料に使うのが一番平和的で人類のためになります」
「言いたいことは分からんでもない。しかし、人間というのは往々にして兵器にしたがるクセがある。今回もそれの一種だろう」
「ですが……」
宍戸が反論しようとしたところで、スマホの電話が鳴る。
「時間のようです」
そういって宍戸は、通話をスピーカーモードにして、周囲に聞こえるようにする。
「もしもし、トルーマン大統領ですか?」
『あぁ、そうだ。君が日本の転生者のシシド君だね?』
「はい、そうです」
トルーマン大統領の声が翻訳されて聞こえてくることに、部屋に集まった面々は驚く。
そんな彼らを無視して、宍戸は話を進める。
「大統領、早速質問ですが、原爆の実験を行ったそうですね?」
『結論から言えばイエスだ。しかし、これには理由がある。転生者の君なら、分かってくれるだろう?』
「ナチス・ドイツの脅威ですか?」
『その通りだ。我々アメリカ合衆国は、人類全体の平和を願い、それを維持するために実験を行った。これはすなわち、抑止力というものだ。力を誇示すれば、相手は迂闊に手を出せなくなる。これを実現するのが、原爆なのだよ』
「本当に抑止力のためなんですね? もしこの技術がアメリカと日本以外の他国に流出でもしたら、冷たい戦争が始まりますよ?」
『もちろん、新しい戦争の幕開けになるのは重々承知している。とにかく今は、新型爆弾を保有しているという事実が一人歩きすることを目的としている。実戦で使うつもりは毛頭ないよ』
この言葉に、宍戸は少し考える。相手はトルーマン大統領だ。今は穏健派だと聞いているため、発言通り実戦で使うことはしないだろう。
だが、この先好戦派の大統領に変わらない訳ではない。もし時の大統領が核のボタンを押すことになったら。その先は絶滅戦争に発展するだろう。
だから、今ここで、不安の芽を摘んでおかなければならない。
「……分かりました。その言葉を信じます。ですが、注文だけはさせてください。もし原爆を使用することになった場合に備えて、複雑な承認プロトコルを組むことを約束してください」
『分かった。その注文を受けよう。少なくとも、私が生きている間は、原爆の脅威に曝されないことを約束する』
話が通じる大統領で良かったと、宍戸は安心する。
しかし、まだ油断は出来ない。アメリカは大量破壊兵器を手にした。この揺るぎない事実が、どこまで影響を持つのか。そしてこの事実が、どこまでアメリカを狂わせることになるのか。
未知数なことは多いが、今はこれで一安心しようと宍戸は思ったのだった。