第140話 ペルシュの森の戦い
一九三九年五月二日。西部戦線。
フランスにある街、アランソンを解放した連合国軍は、そのままの勢いでベレームへと進軍する。
西部戦線の主な戦力は、数百輌に及ぶ戦車の波だ。四個機甲師団ほどを集中運用することで、前線に突破口を作り、そこから前線の押し上げや包囲殲滅を行っている。
機甲師団による前線の押し上げ速度は日を追うごとに速くなり、通常の歩兵軍団では追いつくのが困難になりつつあった。
さて、ベレームという街の周りには、広大な森林が広がっている。歴史が下った現代では自然公園に指定されている場所で、戦車が植物を無残に踏み潰していく。
「森の中は視界が狭まる。用心して進まないとな……」
とある戦車大隊に所属している車長が、周辺を警戒しながら呟く。
その予感は当たっており、森の奥にはドイツ戦車が待機していた。ドイツ軍は、連合国軍に対する反攻作戦としてベーメン作戦を実行に移す。
無線通信により、一斉に奇襲をかけるタイミングが伝えられた。
ドイツ機甲師団からの全力の砲撃が、連合国軍を襲う。
先ほどの車長が乗っている戦車の、すぐ後ろを走っていたシャーマンが横っ腹に砲撃を食らい、大爆発を起こす。
「うぉっ! どこから撃たれた!?」
「右も左も、前からも撃たれてます!」
「畜生! 敵の懐に潜り込んじまったか!」
車長は車内に入り、キューポラのハッチを閉める。そのまま戦闘態勢に入った。
「近くの茂みに入れ! でないとどこから攻撃されるか分からん!」
一様に木々の後ろや、車体を隠せそうな低木の裏に隠れるシャーマン。
ここに、一九三六世界での史上最大の戦車戦が始まるのだった。
最前線が膠着しだした時に動いたのが、ドイツ軍のⅣ号戦車だ。
彼らが取る戦術は、狼の群れのような行動で、海軍の群狼作戦を模して群狼戦車戦術としている。十輌程度の中隊規模で動くため、そう呼ばれているのだ。
先行して偵察する戦車と、それの数十メートル後方を進む残りの戦車で構成される。連合国軍の戦車がいそうな場所に対して、迂回するように戦車を走らせ、そこに連合国軍の戦車がいれば砲撃、いなければ次の場所に移るというものだ。
もしそこにいた場合、先行している戦車はすかさず射撃。それに倣い、他の戦車も射撃を行う。一輌ずつ、確実に葬り去る戦術であると言えるだろう。
だが、当然ながら弱点もある。最初の攻撃を外した場合、先行している戦車は自分の居場所を公言しているのと同じだ。すかさず集中砲火を食らうことになるだろう。
このような群狼戦車戦術を使用している部隊は百近くまで上る。正面から撃破するのは困難と考えたドイツ軍の、ある種の苦肉の策と言える。
そんなドイツ軍の戦術にハマりつつある連合国軍のシャーマン。一部の部隊は、正面装甲の厚さと機動性を信じ、Ⅳ号戦車のいるであろう場所に向かって前進する。
その結果として、ドイツ戦車の影を発見する。すかさず砲塔を向け、射撃を行う。側面を向いていたドイツ戦車は、煙一つ出さなかった。
外したと思った車長は、すぐに次の射撃を指示する。そして第二射、第三射と続けて命中弾を出すも、ビクともしていなかった。
「なんだあの戦車は……?」
恐る恐る接近してみると、それは戦車の形をしたハリボテであった。
「畜生、ダミー戦車だ! 厄介なことになるぞ……!」
ダミー戦車が一つだけ存在するなんてことは考えにくい。木板とペンキさえあれば量産可能なのだから、この周辺に複数個━━しかもかなりの数の━━ダミー戦車が設置されているに違いない。
このような木々の生い茂る場所で、そんなことをされてしまったら。正直見分けがつけられない。片っ端から射撃して、本物であるかどうかを確認するほかあるまい。
さらには、そのダミー戦車を餌にして、追い込み漁のようにしてシャーマンを撃破していくⅣ号戦車もいた。
「くそ……っ。このままではキリがない。何とかして敵の判別がつけられればいいんだが……」
そんな時であった。シャーマンに標準搭載されている無線から、ある通信が入ってくる。
『こちら師団本部。イギリス空軍の爆撃隊と、イギリス海軍の単発爆撃機がそちらに向かっている。要請さえあれば精密爆撃を行ってくれるそうだ。爆撃隊と爆撃機に無線を直結させろ。要請の際は周波数番号を四十七にセットして行え』
イギリスの航空機による支援である。爆撃場所は森林であるが、腕の立つパイロットが多くいる。多少の見えにくさはカバーしてくれるだろう。
しかし、その爆撃隊を許さない存在がいる。ドイツ空軍だ。Bf109を主力に、貴重なMe262も出てきている。
それに対処するように、イギリスの空の英雄たるスピットファイアが攻撃を開始する。
地上と上空とで、大規模な戦闘が発生する。戦力差を見れば、互いに拮抗している状態だろう。
次第に雨が降り出した。戦場は、文字通り泥沼と化していくことだろう。