第137話 救出
第一五爆撃飛行団が撤退していく方向、つまりイギリス本土から飛んでくる数機の飛行艇。
空挺には使われることがないであろうサンダーランドに、落下傘連隊が搭乗し、ベルリンへと接近する。
「目標視認! 前方約4000ヤード!」
飛行艇の操縦士が、連隊に声をかける。
「総員、降下準備!」
連隊長であるウィル大佐が、兵士たちに号令をかける。兵士は椅子から立ち上がり、突貫工事で付けられた機体後部のドアの前に並ぶ。
「ここから先は地獄だ。だが、俺たちは地獄であろうと突き進む。決して下がることはしない。それが、イギリス陸軍落下傘連隊だ!」
連隊長が発破をかける。兵士たちの中には、闘志がわき上がっていた。
「ドア開放!」
落下するドアが開く。飛行艇の風と共に、熱風と煙の匂いが全身に降りかかる。
連隊長が、煙で見えにくい中でも、地上を見て降下のタイミングを伺う。
「目標通過! 降下開始!」
連隊長が降下の号令をかけると、兵士たちは順番にドアから飛び出していく。最後に大隊長、連隊長と続き、サンダーランドから飛び出した。
他の飛行艇からも落下傘部隊の兵士が飛び出し、次々とベルリンの地へと降り立っていく。
しかし中には、火災の影響で風向きが逐一変化することによって、着地地点が大きくズレた兵士もいる。運が悪ければ、火災が起きているど真ん中に降り立つ兵士もいた。
「今いる奴らだけで総統官邸に向かうぞ!」
落下傘連隊の目標は、総統官邸である。そこにはヒトラーの身柄はないが、ある人物が取り残されてることが、情報機関「知恵の樹」によって判明している。
その人物こそ、ドイツの転生者ローズ・ケプファーであり、連隊の任務はケプファーの救出である。
その頃、ライプツィヒに避難していたヒトラー率いる首脳陣。ここには総統官邸と同程度の機能を持った建物と地下壕がある。
「今頃、ベルリンは火の海でしょう」
ゲッベルスが時計を見ながら、ヒトラーに言う。
「ベルリンが陥落しようとも、我々が生き残ればそこが首都であり、ドイツである。連合国の好きなようにはさせんよ」
ヒトラーが椅子にふんぞり返って言う。
そこにゲッベルスが一つの疑問をヒトラーにぶつける。
「しかし、よろしかったのですか? 転生者をベルリンに置いてきてしまって」
「構わん。もうすでに、彼女が知っている歴史を逸脱しているのだ。どうやっても、我々の利益にはならんだろう。用済みということだ」
「ならば、殺しておいた方が良かったのでは?」
ゲッベルスが疑問をぶつける。
「現地からの報告は聞いていないのかね? ベルリンは火の海のようじゃないか。それだけの爆弾を落としているなら、彼女は生きてはいまい。そして、そんな場所にいる彼女をわざわざ助ける必要はないだろう。どっちにしろ、死ぬのには違いない」
それを聞いたゲッベルスは、少し不服といった表情をする。もちろん、ヒトラーに見られないように、だが。
「しかし、彼女も上手く使えば、アーリア人種の宣伝になれたかもしれません。そこだけが、心残りです」
「この状況でも、宣伝大臣の仕事を考えるとは、さすがのゲッベルスだな」
そう言ってヒトラーは笑う。
「さて、連合国の連中はどう出るかね?」
その連合国の連中である落下傘連隊は、総統官邸に突入していた。
「この周辺だけ、火の手がないですね」
「どうやら空軍の連中が、我々のためにこの周辺を爆撃ポイントから外したらしい。真偽は不明だが、とにかくチャンスというわけだ」
そういって総統官邸の中をくまなく探す。
「重要な文書は焼却済み、ヒトラーの執務室には爆破の痕跡……。奴ら、我々に情報を渡すつもりはないようだな」
もっとも、これらの行為は基本的な対処法の一つである。
二階に上がり、中庭が見えるバルコニーに差し掛かると、そこで横になっている人影を確認する。兵士が近寄ってみると、一人の女性が手足を縛られているのが見えるだろう。
「お、おい! 大丈夫か!?」
その声に反応したのか、女性はこちらに視線を向けるだろう。
『あ、あなたたちは……?』
「ド、ドイツ語だ……。誰か、通訳出来る奴いるか!?」
すぐにドイツ語が堪能な兵士がやってくる。
『君の名前は?』
『ローズ・ケプファー……』
『ということは、君がドイツの転生者だね?』
『なんでそのことを……?』
『君のことを助けに来た』
『そんな……、私、そんな重要人物でもないのに……』
『いや、君は重要な人だ。精鋭である我々落下傘連隊が出るほどにはね』
そういって手足を縛っていたロープを切る。
「目標確保! これよりベルリンを脱出する!」
『エスケープ? ちょっと待って!』
ケプファーは兵士のことを振り切って、地下壕の入口へと向かう。そのまま地下壕を進み、かつて自分が幽閉されていた牢屋のような場所へやってくる。
『ど、どうしたんだ? 急に走り出して……』
通訳の兵士が追いかけてくる。しかし、ケプファーは反応しない。そのまま床にへたりこんでしまった。
彼女の目の前にあったのは、他の転生者と連絡を取るのに必要なスマホの成れの果てであった。ちょうど画面の中心部分を、弾丸が貫いている。
『もう、使えないのね……』
スマホを拾い上げ、ケプファーは悲しみに暮れる。
だが、その時間をイギリス兵は与えてくれなかった。
『急いでここを脱出する。君の身柄をイギリスに届けるのが最優先なんだ。早く!』
通訳の兵士に急かされ、ケプファーは総統官邸を脱出する。そのまま近くにあった無傷の自動車に乗り込み、落下傘連隊は事前に確認していた道を進む。
ほとんどの通りは、自動車一台分が通れるようになっていた。それもそのはず、爆撃によって発生した瓦礫の除去のために、連隊のほとんどが駆り出されていたからだ。
一時間もすれば、ハーフェル川に到着するだろう。川と名前がついているが、ほとんど湖のような場所だ。
そこに、イギリス陸軍所有のサンダーランドが数機ほど待機していた。
『今からあの飛行艇に乗ります』
川辺からボートに乗り移り、飛行艇へと搭乗する。
「目標を飛行艇に搭乗させた!」
「了解。この後の予定は?」
「第一大隊の俺たちが、ロンドンに到着するまでエスコートする」
「OK、すぐに発進する」
ケプファーを乗せたサンダーランドは、エンジンを吹かして水面を走り、離陸体制に移る。
その時だった。どこからともなく銃声が響く。
「なんだ今のは!?」
「川辺にドイツ兵がいます!」
「畜生! 親衛隊だ!」
「銃座! 反撃しろ! あの機体だけは何としてでもロンドンに送り届けるんだ!」
近くにいたサンダーランドの銃座が動き、親衛隊に向かって銃撃する。しかし親衛隊も無暗に攻撃しているわけではない。別の方向から機関銃による銃撃を行う。
そんな銃撃の応酬をしているうちに、ケプファーの乗ったサンダーランドは離水体勢に入っていた。
「エンジンチェック、問題なし」
「水面、穏やか。離水に影響なし」
「風速、風向き、少々難あり」
「了解。本来なら飛行停止だが、離水を強行する」
この飛行艇の機長が判断する。
「フラップ十度、エンジン出力最大」
フラップレバーを下げ、スロットルレバーを全開まで押す。
水しぶきを上げながら、サンダーランドは速度を上げる。そして若干大きく機体を揺らしながら離水した。
「フラップ戻せ。低空でベルリンから離脱する」
ドイツ軍の対空砲を避けるように低空で飛行していくサンダーランド。道中で護衛としてスピットファイアがやってきて、数機の編隊となる。
こうしてケプファーは、ロンドンへと向かうのだった。
 




