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第133話 ホ号作戦

 一九三九年四月十五日。日本。

 帝国陸軍の物資弾薬を補給するための大規模空輸作戦、「ホ号作戦」が実施されようとしていた。

 第一陣往路に使用される輸送機群は、ホ号作戦における習熟度向上と機体の生産数の問題から、九八式輸送機十機で実施されることになった。これでもかなり多い方だろう。

 輸送機に物資弾薬を満載し、いよいよ出発の時が近づく。

 宍戸は、立川戦略研究所でそわそわしていた。

「所長、あなたが心配していても、何も変わりませんよ」

「そうかもしれませんが、なんだかいてもたってもいられなくて……」

 そういって宍戸は椅子に座る。

「この世界には、現代のようにGPSとかリアルタイムで情報を入手する手段がほとんどありません。航空機運用は、機体の対気速度や風、地球の自転などを考慮して運用されるはずです。それらを使ったとしても、ソ連やロシア領空に入れば、地上の様子から方向を定めるのは困難なはず……。そんな状況で、無事に物資弾薬を届けられるでしょうか?」

 宍戸の不安も最もだろう。この時代では、航空機はまだ誕生したばかりの新技術に近い存在だ。現代のように便利な機能が備わっているわけがない。

「大丈夫ですよ、所長。そのために兵士たちは訓練を積み重ねて来ているのですから」

 そういって林は、湯呑に入ったお茶を飲む。

「そう、ですよね……」

 宍戸は窓の外を見る。喉につかえた不安感は、いくら飲み込んでも小骨のように刺さったままだ。

 ホ号作戦の第一陣、ホ一番航空隊は、百里飛行場で暖機運転をしながら離陸の時を待っていた。ここは海軍の飛行場であるが、陸海軍の融和策の一つとして実現した次第である。

 そして、その時がやってきた。大本営から出発命令が下ったのである。

 管制塔という名の櫓の上で、出発の合図である赤い旗を振り回す。

 それを見たホ一番航空隊は、順番に滑走路へと入っていく。

 エンジンの出力を上昇させ、滑走路を走る。そして離陸していった。

 滑走路の脇では、陸軍の兵士は両手を振って、海軍の兵士は帽振れで見送る。

 百里飛行場を離陸したホ一番航空隊は、南西方向に飛行したのち、旋回して北へと進む。最初の目的地はウラジオストクだ。

 搭乗員は操縦士、副操縦士、航空士、航空機関士の四名である。航空士が持っているアナログ計器の一つ、フライトコンピュータによって現在位置を算出し、地図上に記入していく。そしてその情報を逐次操縦士に伝えるのである。

 こうして、約三時間ほどで最初の目的地であるウラジオストクへと到着する。ウラジオストクの飛行場では、ホ号作戦に協力してくれる整備士や給油係などが待機していた。

 数時間ほどかけて、全機の給油を終了させる。そしてウラジオストクの飛行場を発った。

 このように、複数回に渡って飛行場を点々とする。

 そして百里飛行場を出発してから二日と半日で、東部戦線の後方指揮を取っているミンスクの飛行場に到着した。

 ミンスクに到着した後だが、ここから最前線に最も近い飛行場まで空輸することになる。当然ながら、攻撃によって撃墜される恐れもあるだろう。

 それでもホ一番航空隊の士気は高かった。誰一人として欠けることなく、輸送作戦を実行に移す。

 ミンスクの飛行場を出発したホ一番航空隊は、高度一〇〇〇メートル以下で飛行する。敵に見つからないようにするのと同時に、一斉に散開した際に一機でも多く生き残るために行っている。

 一時間弱で前線近くの飛行場に到着する。しかし、簡単に降りてはいけない。まずはこの飛行場が、連合国によって掌握されているかを確かめる必要がある。

 航空隊隊長の機体から、帝国陸軍の使用する周波数の電波に合わせ、呼びかける。

 すると、それに応える通信が入った。どうやら、帝国陸軍が周辺地域ごと占領しているようだ。

 しかし、いつ敵の対空砲や戦闘機による攻撃が入ってくるか分からない。飛行場が使えることを確認したのち、すぐに着陸準備に入った。

 なるべく迅速に、しかし焦らずゆっくりと。一番機から順に、飛行場へと降り立った。

 こうしてホ一番航空隊は、一機も失うことなく物資弾薬を空輸することに成功した。

 だが、任務はこれで終わりではない。往路があるなら復路もある。そしてその復路でも、重要な物を運ぶのだ。

『あなたたちが極東まで送り届けてくれるのですか……? 私たちユダヤ人のことを……』

 そう、ドイツの占領地にいたユダヤ人の亡命の手助けをするのだ。本来ならば、トラックの荷台に乗せられるか、最悪の場合徒歩で国境を超えるところを、輸送機によって移動させる。

 このことは日本、ソ連、ロシアの三ヶ国が了承済みであり、日本においてはユダヤ人の亡命希望者を全員受け入れるつもりでいる。

 このような事情もあり、ホ一番航空隊の名称は、復路ではホ二番航空隊へと変化する。

 輸送機に乗せられるだけのユダヤ人を乗せ、ホ二番航空隊は前線の飛行場を離陸した。

 こうして、ホ二番航空隊は数日かけて日本へと戻り、無事に最初の任務を全うしたのである。

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