第131話 不死身
一九三九年三月三十日。ドイツ領ポーランド。
対独東部戦線では、だいぶ膠着状態が続いている。とある場所では塹壕を掘って、戦線を維持していたり、残骸となった戦車の後ろで半分生活空間が出来上がっている場所もあった。
「こんなに視界が開けていると、動きたくても動けねぇよな」
破壊されたソ連戦車の後ろで、その辺の草を食んでいた二等兵がそんなことを言う。
「まぁ、戦線がこんな感じじゃなぁ……。ところで、なんで草なんか食ってるんだ?」
「煙草の代わりだよ」
そんな会話をしていると、そこに匍匐前進でやってくる一人の軍曹の姿があった。
「おう、生きてるか?」
「ふ、舩坂分隊長!」
「あぁ、立ち上がらんでいい。そのまま楽にしててくれ」
思わず直立して敬礼しようとした二等兵のことを制止する舩坂。
「この辺りに軽機関銃小隊はいるか?」
「軽機関銃でしたら、そちらの塹壕に……」
そちらの方を見ると、確かに軽機関銃を構えた小隊が浅めの塹壕の中で伏せている。
「助かる。それじゃあ」
「分隊長、一体何を……?」
「まぁ、見ていろ」
そういって舩坂は、再び匍匐前進をして軽機関銃小隊の方へと向かう。
「軽機関銃小隊、舩坂だ」
「舩坂分隊長。一体どうしたんです?」
「なに、これから敵陣地へと突撃しようと思ってな」
「お一人でですか!? あまりにも無茶です!」
「問題ない。とにかく、援護を頼むぞ」
「そんな……」
そんな兵士の声を無視して、舩坂はまた匍匐前進で前進していく。
進むこと約一キロメートル。敵も簡単ながら塹壕を掘っており、敵に姿は見られていないことが伺える。
「さて、敵の居場所は……」
舩坂は目を細めて、敵の位置を探る。
すると、斜め右方向に黒っぽい何かが見える。しばらく様子を観察し、それが機関銃であることを理解した。
「大きさからして、重機関銃か。なら破壊するべきだ」
そういって腰に装着していたベルト状の弾薬入れから、一個の手榴弾を取り出す。そして安全ピンを抜き、それを投擲した。
数秒後、塹壕で爆発が起きる。簡易的な塹壕だったのか、手榴弾対策を行っていなかったようだ。
塹壕から生きているドイツ兵が飛び出してくる。そこを狙って、舩坂は小銃を向けた。
冷静に照準を定め、ドイツ兵の胸を撃ち抜く。
急に負傷したドイツ兵が飛び出てきたものだから、他の塹壕にいたドイツ兵が驚いて塹壕から身を乗り出す。
そこを狙って、軽機関銃小隊が射撃を行う。まぐれで命中したものもあり、ドイツ兵の間で混乱が生じるだろう。
その混乱に乗じて、舩坂は立ち上がって走り出す。数キロ先には、歩兵支援のための戦車が一輌いた。
その戦車に向かう途中、ドイツ兵が塹壕から出てきて舩坂を狙う。そのドイツ兵を、舩坂は横目で見ながら拳銃で撃つ。走り抜けながらの射撃であったが、ドイツ兵の肩に命中する。
他にも同様のドイツ兵が何人も出てきてあちこちから射撃されるが、それを拳銃一丁で相手する。というよりも、弾丸が飛び交う場所を走り抜け、たまに拳銃で反撃しているだけだ。
そんな状況であるにも関わらず、弾丸は舩坂の体をかすめるのみにとどまる。そして舩坂は戦車へと接近していく。
舩坂は走りながら手榴弾を取り出し、それを戦車前方にある起動輪付近に放り投げ、戦車の反対側に退避する。
直後に爆発。起動輪は破壊された。
その爆発で異常事態が発生していることを理解した車長が、キューポラを開けて外の様子を伺う。
その瞬間を舩坂は逃さなかった。後頭部に拳銃を突きつけ、躊躇うことなく引き金を引く。
車長はその場で力なく倒れた。
しかし、ドイツ軍もただでは終わらない。ドイツ兵たちは舩坂に対して、小銃の銃口を向ける。
しかし、引き金は引けなかった。そこに舩坂が率いる分隊の兵士が突撃してきたからである。
そのまま近距離での戦闘が発生する。
「総員、着剣! 大和魂を見せてやれ!」
「うおぉぉぉ!」
舩坂分隊を見た他の帝国陸軍歩兵小隊も、一斉に前進してくる。さらに機関銃小隊や、帝国陸軍に触発されたソ連戦車も一斉に突撃してきた。
こうして前線の一部が崩壊し、東部戦線は少しづつではあるが連合国軍が押し込んでいく。