第106話 北上
一九三九年一月二十七日。
バイルシュタイン艦隊は、ラムズゲートの砲撃を止め、北海を北上していた。次なる砲撃目標に向かうためである。
次の砲撃目標は、キングストン・アポン・ハルだ。
今回は海岸線から少し内陸に位置しているため、海岸線に寄る必要がある。とは言っても、ほんの数キロメートルの差だが。
こうして、イギリス海軍のいない間にハルに対して砲撃し、街中を火の海にした。
砲撃した時間は二時間程。バイルシュタイン艦隊は再び北上を開始する。
そこに待ったをかけるのは、北海を哨戒していたイギリスの戦艦打撃群だ。
「戦争を軽蔑する」という意味を持つウォースパイト、以下戦艦三隻の、合計四隻による哨戒艦隊だ。今回のような、ドイツ艦隊の出現に備えていたのである。
「敵は戦艦二隻と数隻だ。物量ではこちらのほうが勝っている。海軍大国である大英帝国の強さを思い知らせる時だ」
旗艦ウォースパイトに座乗するヘミルガン中将が、そのように言う。
イギリス哨戒艦隊は、北海の沖合から海岸線に向かうように、進路を取る。一方でバイルシュタイン艦隊は、海岸線に沿って北上を続けていた。
お互いの距離は三十キロメートルを切る。反航戦の状態だ。
「目標見えました! 距離十六海里!」
「先制攻撃だ。取り舵五度、砲撃戦用意」
イギリス哨戒艦隊は、バイルシュタイン艦隊のことを捕捉すると、すぐさま攻撃を始めようとする。
各種諸元を入力し、榴弾を装填、砲塔を回転させる。
「砲撃準備よし!」
「砲撃開始!」
「撃て!」
爆音の後、目の前が砲煙で真っ白になる。砲弾は数十秒ほど空中を進み、ほぼ垂直に落下していく。
そして砲弾は海面に着弾した。バイルシュタイン艦隊のだいぶ手前である。
「手前に着弾! 命中ありません!」
「諸元修正、次弾装填次第直ちに発射!」
「諸元修正します! 装填急げ!」
その様子を見ていたバイルシュタイン艦隊は、これといった緊張感は無かった。
「敵の砲撃のようです。一五〇〇メートルほど手前に着弾したようですがね」
「これがイギリスの戦闘方法か。海軍大国のような優雅さは存在しないようだな。我々が手本を見せてやろうじゃないか」
バイルシュタイン艦隊を率いるヴェルマー少将が、代用コーヒーを飲みながらそのように命令を下す。
すぐに砲撃戦の用意がなされ、準備が整う。
「神のご加護があらんことを」
そういって手を挙げて、砲撃を指示する。
ビスマルク級二隻による砲撃は、イギリス哨戒艦隊と同じように空中を飛翔し、落下する。
発射した砲弾が、先頭を行くウォースパイトとその後方にいるヴァリアントの間に着弾した。
「命中ありませんが、散布界に入っているようです」
「よろしい。諸元を微調整し、次弾発射」
その時、イギリス哨戒艦隊からの砲撃が飛んでくる。これもまた、バイルシュタイン艦隊の手前に落ちる。
「今度は千メートルくらいですね」
「仕方ないことだろう。観測によれば、クイーン・エリザベス級戦艦だそうじゃないか。先の世界大戦の艦ならば、性能が低いのも仕方のないことだろう」
そういって艦橋は笑いに包まれた。
「次弾装填完了!」
その報告が入ると、笑いは収まる。
「次は当てる。撃て」
再び砲弾を発射する。今度は砲弾の一つが、ウォースパイトの後方を進んでいたヴァリアントの第四砲塔に命中した。
直上から落下した三十八センチ砲弾は、砲塔内を貫通し内部で爆発。砲塔直下に存在している弾薬庫に引火した。
砲塔が吹き飛ぶ程の大規模な爆発。その影響は水密区画では抑えきれずに、艦内の周辺区画にまで及ぶ。第三砲塔の防御区画にてその爆発は抑えることができたものの、操舵装置を含めた艦尾全体が第四砲塔付近から切断されたような状態に陥った。
「敵艦隊に中心付近で爆発を確認。発砲炎より大きいため、おそらく弾薬庫に誘爆下のでしょう」
そのように報告する士官。ヴェルマー少将はにんまりとしながら代用コーヒーを飲む。
一方、ヴァリアントの後方を進んでいた戦艦二隻は、ヴァリアントを回避するように舵を切る。その間に、ヴァリアントは艦尾方向から浸水を始めていた。
この状態になってしまうと、自力で航行するのは困難な上、曳航するにも時間と手間がかかるだろう。こうなってしまっては、自沈したほうが手っ取り早いまである。
最終的に、イギリス哨戒艦隊とバイルシュタイン艦隊はフランボローの沖合ですれ違い、イギリス側はバイルシュタイン艦隊の北上を許すことになってしまった。
 




