第103話 対独
一九三九年一月十三日。ドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン。
ドイツ海軍主要艦艇が停泊している軍港だ。
その中に、日本国旗を掲げている潜水艦が二隻。遣独潜水艦作戦の一環として、伊七と伊八が訪問していたのだ。潜水艦の中には、ドイツ軍の機密事項に匹敵する技術資料や図面の青写真など、色々なものが運び込まれていた。
そして、伊七と伊八は出港準備をしている。予定では、あと二日ほどいる予定なのだが、切り上げて帰国するようだ。
そんな伊七では、通信士が常にヘッドホンを付けて、何かを聞いていた。その周波数は、ヴィルヘルムスハーフェンにいる海軍指揮官宛ての通信に合わせている。
日が傾き始めた午後。その通信が入ってきた。
『日本が我が国と国交を断絶。宣戦布告した模様』
これを聞いた通信士は、すぐに艦長へと知らせる。
「艦長! 宣戦布告の報が届きました!」
「よし。直ちに出港せよ!」
すでに湾港の出口付近を陣取っていた二隻の潜水艦は、艦首を湾港内に向けながら錨を上げる。
するとそこに、小型艇が接近してきた。乗っている軍人の階級が高そうなのは、服装を見れば明らかである。
「面倒なのが来たな。タグボートは?」
「艦尾側にいます」
「砲戦準備。目標は前方の小型艇だ」
「砲戦準備!」
連装砲が小型艇のほうに砲門を向ける。甲板上の異変を察知した小型艇は、手持ちの小銃や拳銃で攻撃する。だが距離が遠い。
「照準よし!」
「砲弾、装薬装填よし!」
「準備整いました!」
「発射」
「撃て!」
二門の砲から爆炎が上がり、砲弾が発射される。ほんの一秒にも満たない時間で、小型艇のすぐ左をかすめる。水面に着弾した衝撃で、小型艇は転覆した。
「火砲要員は直ちに撤収! 魚雷全門発射用意!」
すぐに魚雷が発射管に装填され、発射管に注水が始まる。
その頃になれば、近くにいた艦艇から警報が鳴り響き、水兵が慌ただしく走り回る。
「敵からの攻撃は近いぞ! 急げ!」
「発射準備完了!」
「魚雷発射!」
艦長の合図で、伊七と伊八から魚雷が合計十二本発射される。
魚雷は扇状に展開し、近くにいた艦艇や埠頭に命中して爆発した。
「魚雷爆発確認! 艦首を回頭せよ!」
艦尾でスタンバイしていたタグボートに合図をし、その場で一八〇度回転する。
そして、そのままワイロを渡して協力してくれたタグボートに別れを告げ、港を出発した。
追手が来る様子もなく、伊七と伊八は、闇夜に紛れるように姿を消す。
その数時間後。ヒトラーの元に、日本が国交を断絶した上で宣戦布告した報告が上がる。
「あの劣等人種め……! 自分たちの立場をわきまえずに好き勝手やりやがって……! 我々アーリア人のことを侮辱しているのかっ!?」
珍しく悪い言葉が出てくるヒトラー。
「やはり、我々の手で処分せねばならないか……。必ず! あの極東の猿共を根絶やしにしてくれるっ!」
こうして、ドイツ対列強各国という構図が出来上がりつつあった。