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カシムンとウサギと地見屋


「わからないぃぃっ?」


 眼の前には屈強な兵士。


 安普請な木のテーブルを挟んで、丈夫は兵士から尋問らしきものを受けている。ここは、昨夜辿り着いた外壁の中だ。


 翌日、外壁を巡回していた兵士に見つかり、丈夫は保護される。保護というか、不審者の連行のようなモノだが、とにかく外壁の中に入ることが出来た。

 何処からきたのか。何者なのか。目的は何か。色々尋ねられたが、そのどれにも丈夫は答えられない。

 兵士らしい軽鎧を身に付けた男の顔が、どんどん険しく歪んでいった。


「なっ、名前は丈夫ですっ! そのっ! 気がついたら森の中にいて.....っ、なんとか森から抜け出して、ここの外にたどり着きました。.....疲れきってたみたいで、いつの間にか寝てて」


 あわあわと説明する丈夫を胡散臭げに一瞥し、兵士は鼻白んだ顔をする。


「いつの間にかねぇ..... 服装も見たことないものだし、変に小綺麗だし。その靴とかっ! えらく手の込んだモノだよな?」


 言われて丈夫は自分の靴を見た。

 若者の革靴で有名なメーカーのスウェードレザーブーツ。地見屋は歩くことが基本だ。他はおざなりでも靴だけは良いモノを履いている。


「このブーツがですか?」


「がですか? じゃないっ! 皮のブーツなんて庶民には高嶺の花だっ! 大抵はサンダル、貧民なら木靴が普通なんだよっ! そんなに足にピッタリと縫製された靴なんか、御貴族様でも滅多に履かないってのっ!!」


 いいいぃぃっ?!


 思わぬ処から突っ込まれ、丈夫は眼を見開いた。


「俺の国じゃあ、これが普通なんですよぅぅぅっ!」


 まるで尋問を受けているかのような状態。丈夫は明らかに何かを疑われている。確かに怪しいのは認めるし、言い分を信じてもらえないのも理解はするが、いったい、どうしたら良いのだろうか。

 思わず、あうあうと情けなさげに泣き出して机に突っ伏す彼の懐から、何かが飛び出す。

 それは昨夜のウサギ。どうやら丈夫と共に一晩中眠っていたようだ。


 机の上にタンっと飛び出したウサギは仁王立ちし、小さな両手を広げて兵士を睨み付ける。真っ白な体毛に血色の瞳。その真っ赤な瞳に不気味な光芒が一閃した。


 途端、狼狽えたのは兵士の男。彼は大きな音をたてて椅子から立ち上がる。その顔は言いしれぬ恐怖で、あからさまに強張っていた。


「.....っっ! 聖霊様っ?!」


 聖霊?


 ずびすびと鼻をすすりつつ顔を上げた丈夫を振り返り、小さな毛玉は、にこっと笑う。

 それを見て、愕然と顔を凍りつかせる兵士。


「おまえ.....っ、聖霊使いだったのか?」


 今にも震えだしそうな声に首を傾げる丈夫。それを余所に、小さなウサギはギンっと兵士を睨めあげ、小さな足で机を踏み鳴らした。

 ターンっと響く甲高い音。目の前の兵士が、びくうっと大きく震えて、怯えた眼差しを丈夫に向ける。


「しっ、失礼いたしましたっ! すぐに専門家を.....っ」


 わたわた足を縺れさせながら部屋から出ていく兵士を呆然と見送り、丈夫はいったい何が起きたのか分からなかった。




「先ほどは兵士の者が御無礼つかまつりました」


 兵士に連れられ、突然現れた男性は、いきなり深々と丈夫に頭を下げる。どうやらお偉い様のような人間の謝罪に慌てふためき、丈夫はわたわたと手を彷徨わせた。


「いえっ、俺が怪しいのも確かですし。頭を上げてください。正直、どうしたものかと困り果てております」


 柔らかな物腰の丈夫を見て、件の男性は安堵の表情を浮かべる。そしてあらためて丈夫の状況を詳しく尋ねてくれた。

 どう話したものか。しばし思案しつつ、丈夫は森から、ここまでの状況を大まかに説明する。


「.....という訳で。本当になにが起きているのか分からないんです」


「キチュウという星の、ニホンという国ですか。.....言葉に不自由はないようですが、星とは? 夜空に瞬く光とは別な何かですか?」


「キチュウじゃなく、地球です。夜空の星と同じですよ? その星の上に我々は住んでいます」


「..........?」


 まるでちんぷんかんぷんという顔で、男性は丈夫を見る。

 それを確認して、丈夫は腹の奥がぞわりと冷えた。悪い予感が彼の内臓をきゅっと萎ませる。


「.....ここは。なんという世界で、なんという国なのでしょうか?」


 薄ら笑いを浮かべ、何の気なしな感じを装い尋ねる丈夫に、目の前の男性は不思議そうな顔で答えた。


「ナージャルです。ナージャルの世界と呼ばれております。ナージャルとは世界を作った神の名前です。そしてここはジャネイブ王国。世界の東方に位置する小さな大陸です」


「.....そう.....ですか」


 .....異世界確定。


 薄々は感じていた丈夫である。


 古めかしく厳つい外壁。連行される時に見た大きな門や、その周囲にいた人々の服装。長めなスモックのようなモノの腰を紐で結わえただけの衣服中心で、思わず我が目を疑った。

 あれがこの世界の普通であるならば、自分の衣服はさぞ奇天烈に見えた事だろう。そして兵士が連れてきた目の前の男性。

 彼は足首まである刺繍の入った長衣に、仕立ての良いカフタンを羽織っている。首にも装飾品が飾られ、いかにも身分が高そうだ。

 地球でいえば知識人という風情の男性をチラリと一瞥し、彼なら理解してくれるかもと、丈夫は洗いざらい説明する。




「異世界.....? ですか?」


 目を丸くして呟く男性。


「多分..... 実際には分かりませんが、俺はナージャルという世界もジャネイブという国も知りません。この格好も、俺の世界なら普通の服装なんです。明らかに、こちらとは文明が違います」


 ふうむ.....と口元に手を当てる男性を見ながら、丈夫は掌で蹲るウサギを静かに撫でていた。

 心地好さげに目を細めるウサギ様。

 それを驚愕の眼差しで見据え、目の前の男性は神妙な顔をする。


「それが本当だとして、貴方はこの先どうなさるおつもりですか?」


 丈夫の手の中で寛ぐウサギへ気遣わしげな視線をチラチラ振りながら尋ねる男性に、丈夫は深い溜め息で答えた。


「どうしたものかと考えています。宛もなく、職もなく、このままでは野たれ死ぬのがオチかなぁと.....」


 右も左も分からない異世界で、頼れる人もいない。こうして話を聞いてくれる人が来てくれただけでも幸運だった。

 あの兵士の勢いでは、不審者扱いなまま、牢屋にぶちこまれてもおかしくはなかっただろう。


 ん? でも、それならそれで、食住は保証されたのかな? いやいや、牢屋を我が家には出来ないか。食べ物だって粗末に決まってるし。


 はああぁぁ.....っ、と長ぁぁ~い溜め息をつく丈夫を見て、目の前の男性が、にんまりほくそ笑んだ。


「ならば我が家に滞在なさってはいかがでしょうか?」


「へ?」


 思わず間の抜けた顔をする丈夫に、男性は人好きするにこやかな笑顔で頷く。


「貴方はお困りのようですし、我が家は聖霊使い様を御迎え出来る誉れがいただけますし。御互いに利があるかと」


 聖霊使い? そういや、あの兵士も、そんなこと言ってたな。


「えと? 聖霊使いって?」


 恐る恐る尋ねる丈夫に、薄い笑みをはいていた男性が、こてりと首を傾げた。


「はい?」


 何かが噛み合っていない。


 ようやく、それに気づいた二人は、今までの会話の齟齬を探しだした。




「はあああぁぁ..... そうですよね。異世界からお越しだとおっしゃるのです。知らないはずですよね」


「コイツが聖霊?」


 ヘソ天で丈夫の手の中にいるウサギ様。

 ぐで~っとのたくるその姿は、聖霊という神々しい呼び名と全く結び付かない自堕落さである。

 昨夜、偶然出逢っただけで、特に懐かせたわけでもないという丈夫の説明に、カシムンは、やや遠い眼を窓の外に投げた。

 そこは外壁の外。昨夜、丈夫が見つけた小さな窓である。


「遅れ馳せながら自己紹介を。私、ダルシア侯爵が次男、カシムンと申します。政務とは無縁なので気楽に研究職をさせてもらっております」


 言われて納得な男性だ。


 線も細く柔らかな雰囲気は、多くの経験や知識を積んだ者独特の寛容さを窺わせる。

 控えめな薄茶色の長い髪を緩く三つ編みにし、伏せた睫の憂いは、なかなかに色気があった。さぞ女性の視線を集めることだろう。


「俺は丈夫。増永丈夫。こちらで言うなら、タケオ・マスナガかな? 仕事は..... 地見屋だ」


「タキィーオ? じみや?」


 辿々しく丈夫の名前を呼びながら、聞きなれない単語を耳にしたカシムンは、どういった職業なのかと尋ねてきた。

 ゴニョゴニョと言いよどみつつ、丈夫は簡単に説明をする。

 地面を散策して、拾い物を適価で売り払う仕事なのだと。


「地面を散策して拾い物を集める仕事ですか。それはまた珍妙な御仕事ですね」


 そりゃあね。人に誇れる仕事じゃないしね。


 堅気からは程遠い仕事である。裏社会との繋がりがなくばやれない仕事だ。だが、そんな卑下た丈夫の思考とうらはらに、カシムンは得心顔で頷く。


「それで合点がいきました。聖霊様を見つけたのですね」


 見つけた?


 疑問符だらけの丈夫に軽く噴き出し、カシムンはこの世界の理を説明した。


 なんでも、この世界ナージャルには魔法の理が存在し、それを行使するには聖霊と契約をしなくてはならないのだという。

 契約する聖霊が上質であるか、数が多くあるほど行使する魔法の威力や精度が上がるらしく、魔術師を目指す者は血眼になって聖霊を得ようと奔走するのだそうだ。

 聖霊はとてもすばやく、面白いことが大好きで、必死になって探す人間らと、鬼ごっこやかくれんぼ気分で遊んでいる。

 だから滅多に見つからないし捕まらない。


「かくいう私も一人しか得ておりません。十年近く探し回って、たった一人です」


 苦笑いするカシムンの顔は、目が笑っていなかった。そしてその目は、のたりと丈夫の掌で寛ぐウサギ様に向けられている。


「貴方の話が本当であるなら、貴方はたった一日..... いや、夕刻から夜半の数時間で聖霊様を手にした訳です」


 ここまで説明されて、ようやく丈夫は理解した。


 .....それって、とんでもない事なんじゃ?


 恐る恐る己の手の中を確認する丈夫。その緊張感が伝播したのか、ウサギが、カッと眼を見開き、カシムンを睨み付けた。

 そしてスタっと机に飛び降りると、右足をタップダンスのようにけたたましく踏み鳴らす。

 ダダダダンっっと鋭くたてられる音を聞き、カシムンは軽く背を仰け反らせて固唾を呑んだ。明らかに威嚇されている。

 こんな小さな生き物に大の男が怯える姿は、妙に滑稽で、思わずまろびそうになる失笑を、武夫は必死の面持ちで噛み殺した。


「御安心くださいませ、聖霊様。彼は我が家で歓待いたします。ええ、そりゃあ、もう」


 焦りつつも、にっこり笑うカシムンだが、そのなだらかな頬を伝う冷や汗までは隠せない。

 ふんっと鼻息を鳴らすウサギは、くるっと丈夫を振り返り、飛び付いた。すりすり頬を寄せるウサギ様に、困惑を隠せないカシムンと丈夫。


「出逢って半日ほどなのですよね? .....とても懐かれておられませんか?」


 じっとりと眼を据わらせるカシムンに、顔面蒼白で首を振る丈夫。何がどうしてこうなったか分からない。

 だがこのウサギ様のおかげで、これから何とかなりそうだ。慌てた兵士やカシムンの様子を見るに、聖霊らしいこのウサギは、彼等にとって敬うべき生き物みたいだから。


「ありがとうな、.....いつまでもお前ってのは味気無いか。名前あるのか?」


 はにかみながら話かける丈夫に、ウサギはピコピコと耳を揺らす。

 御機嫌そうなソレに、なぜかほっこりとし、丈夫は小さく呟いた。


「便宜上でも名前が欲しいな。(はく)..... (べに)..... ベタだな、うーん」


 微かに顎を上げて考え込む丈夫を、食い入るように見つめるカシムン。そして、ふっと丈夫が眼を見開いた。


「ぴょん吉。なんか懐かしいフレーズだけど、似合いそう」


《ピョンキチ? イイネ》


「いっ?!」


 いきなり頭に響いた甲高い声。それと同時に手の中のウサギが発光する。

 何度か大きく瞬いた後、真っ白な光が焰のように揺らぎ、ふわりと消えると、そこには一回り大きくなったウサギが現れた。

 隈取りみたいな紅い差し色。不覚にも美しいと思って、思わず見惚れる丈夫。


《真名は受け取ったよ。主殿?》


 にぃ~っと悪い笑みを浮かべ、ぴょん吉は丈夫の肩に飛び乗った。

 愕然と成り行きを見守っていたカシムンは、驚きに言葉もなく瞳を揺らしている。


 まさか、契約してしまうとは。


 知らず異世界の一端に関わった丈夫。


 否が応にも周りを巻き込む彼の波乱万丈な人生は、こうして幕を上げたのだった。


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