森とウサギと地見屋
なんとなく書いてます。
「ん~? これかな?」
街の郊外の静かな森の中。
今にも泣き出しそうな顔の女性が、小さな小屋の中の男性を見守っていた。
そして彼の差し出した片方だけのイヤリングに眼を輝かせ、彼女は喜色満面。両手を胸の前で組んで、泣き出さんばかりにうるうると揺れる大きな瞳。
「これですわっ! ああ、戻ってくるとは思ってもおりませんでしたっ!」
男性の手からイヤリングを受け取り、大切そうに白く柔らかな指を女性は握りしめた。
これは彼女の恋人が贈ってくれた大切なプレゼントだ。気づけば失くなっており、何処で落としたのかも分からず途方に暮れていたが、知り合いから落とし物を回収して保管している男性がいるとの噂を聞き、藁にもすがる思いで訪ねてみた。
まさか、本当に見つかるなんてっ!
謝礼は言い値で良いとのことで、彼女は懐の財布から一枚の硬貨を取り出す。
「なんと御礼を申し上げたら良いか、これは心ばかりですが、御受け取りくださいませ」
女性が差し出したのは大銀貨。それを彼に渡して、何度も頭を下げながら彼女は掘っ立て小屋を後にする。
そんな女性を見送り、飄々と商品の箱を片付ける青年の名前は通称タァーケ。正式には増永丈夫と言う地球人だ。
「毎度あり♪」
ピーンと親指で弾いた金子をパシッと横手で握りしめ、彼はにんまりほくそ笑む。
古びた掘っ立て小屋を修繕しつつ、慎ましく暮らす丈夫に、大銀貨は大金だった。
「今日は少し贅沢しようかな。いつものパンに腸詰めもつけよう」
ウキウキと小屋から出た青年は、遠目に見える街へと軽い足取りで歩いていった。
その街は高い城壁に囲まれた堅牢な街。大きな門の前には厳つい鎧を着た兵士が槍を持って立っている。
やけに鉄臭い甲冑。帷子の上にプレートやガントレットをつけ、鍋のような兜をかぶる兵士は、まるで古代人のようである。
いやさ。未だに慣れないね、この街には。
丈夫は胡乱な眼差しで城壁を見上げ、検問の行列に並ぶ。
ここはナージャル王国。剣と精霊の生きる異世界の国の一つだ。
ある日青年は、気づけばこの世界にいたのだ。あれは、かれこれ半年ほど前のことである。
「は? どこだ? ここ?」
地面ばかりを見つめていた丈夫は、ふと景色が変わり、何処とも分からない森に立っている事に呆然とした。
中肉中背の彼は、デニムのシャツとジーンズに黒いキャップ。現代日本なら何処にでもいる普通の格好だった。
呆気に取られて思わず辺りを見渡し、言葉を失う丈夫。
おかしい。俺は確か、中京競馬場の帰り道だったはずなんだけど.....
ガチガチの本命レースが狙い目な彼は、そのクズ馬券を狙って仕事に勤しんでいた。そして集めた馬券を、換金してくれる取り纏めに渡し、久々に呑みに行こうと、あの長い坂を下っていたまでは記憶にある。
まあ仕事柄、地面を見つめて歩いていたわけだが..... なんとなくアスファルトから少し外れ、草むらを踏みしめて拾いモノを探していた丈夫。
彼の職業は地見屋。地面に落ちているアレコレを集めては売り払う仕事である。
小銭や財布は言うに及ばず、それら関係のキャッシュカードやクレジットカードなど他諸々。玉石混淆なお宝が道には沢山落ちていた。
蛇の道で売れ筋なモノもあるし、最近は電子マネーカードとか別の意味で金になるモノもよく落ちている。
そういった落としモノを彼は拾って換金し、糧とした。それが文字どおり地見屋の仕事である。
通常の道に落ちているモノは他の人にも拾われやすい。近頃、自販機周辺にも小銭は少ないし、釣り銭忘れなども珍しくなった。
パッキーなんかが普及する前は、パチンコ屋の床に五百円玉がゴロゴロしてたし、両替機に両替した札を忘れていく美味しい馬鹿野郎様もいたものだが、今はそういうのもさっぱりでパチンコ屋を張る旨味もない。
そんな事を考えつつ、丈夫は河原近くの草むらを足先で器用に掻き分けながら小さな指輪を見つける。
金の光沢を放つソレ。
こういうのがあるから草むらは侮れないんだよね。これはグラム売りかな。傷だらけだし、指輪として売っても二束三文だよね。
手にした指輪は結構な重さだ。三グラムはあるだろう。今は金の相場が高いから一万ほどになる。
にっと口角を上げて指輪を拾い、ポケットに押し込んだ丈夫は、そのまま仕事を続けていたが.....
ふと周りが静かになった。先ほどまで聞こえていた車の排気音も、人々の喧騒も聞こえない。
訝しんだ彼が顔を上げると、そこは鬱蒼とした森の中。
青みが深く、隆々と立ち並ぶ大きな樹木が風にしなり、わさわさと耳障りに梢を鳴らしている。
唖然と空を見上げる丈夫の眼に映ったモノは抜けるような青空や、囀ずり羽ばたく小鳥達。
こうしてナージャルという王国に迷い込んだ地球人の、孤軍奮闘が始まったのだ。
「.....ありえねぇぇぇ」
ガサガサと草むらを掻き分け、彼は必死に森から抜け出そうと試みる。天高くそびえる多くの木々が彼から方向感覚を奪い、鬱蒼と繁った下生えが、その歩みを妨害した。
道なき道に蔓延る無数の蕀や木立。バリバリと足元で引っ掛かるトゲが地味に痛い。
穿いていたのがジーンズでなくば、とうに裾がボロボロになっていただろう。
「ひーっ、ほんとに何処なんだよ、ここって」
泣き言をこぼしながら、情けない顔で必死に歩き続ける丈夫の目に、一瞬小さな灯りが過った。思わずじっと目をこらして確認すると、それは夕闇に紛れる何かの灯り。
葉ずれの隙間から見えているらしい朧気な光を認識して、やにわ丈夫の胸が踴りだした。
灯りということは文明の片鱗だ。焚き火かランプか、車のライトか。とにかく誰か人間が居るに違いない。
蛍とか、ベタなオチはやめてくれよなっ?
季節は冬にさしかかろうかという晩秋だ。この寒さで蛍なわけはないとは思うが、万一という事もある。
しだいに暗くなる周りへの恐怖も手伝い、丈夫は灯りを目指して一目散に脚を進めていった。
灯りがはっきりと見えるようになったころ、彼は薄くなった木々をすり抜け、森の外れから脱出する。はあはあと息を荒らげつつ、丈夫は期待の眼で件の灯りを見つめた。
そして愕然とする。
なんとそこにあったのは、大きな石壁。見上げた先に小さな窓が幾つかあり、どうやらその窓からもれる灯りが、丈夫の目指していた光のようだった。
左右を見渡しても切れ目がない高い壁。ざっと見上げただけでも六メートルはある高さ。何の道具も無しで登れる高さではない。
彼の顔が絶望に歪む。
だがしかし、これだけの建築物だ。人間が関わっているのは間違いないだろう。
突然、森の中に放り込まれ、長々と悪路を進み、疲労困憊な丈夫は、頭が上手く働かない。
森を抜けるうちに辺りは暗くなり、梢の揺れる音さえ、彼の恐怖を煽り立てた。
さらには空腹や渇きも手伝い、まるでヤスリに削られるかのようにザリザリと彼の精神を極限へ追い詰めていく。
怖い、怖い、怖い。誰か.....っ!
眼を見開いて壁を見上げ、悲壮な顔で丈夫は絶叫を上げた。
「誰かぁぁっ! いないのかぁっ?! なあっ!!」
必死に石壁を叩き、半狂乱になって叫ぶ丈夫。何も分からない恐怖が、ぞわぞわと彼の背筋を這い登る。皮膚の下で蠢く悪寒は、まるで虫が纏わりつくかのように、丈夫の焦燥感を煽り立てた。
窓があり、灯りが零れているのだ。誰か居てもおかしくはないはずである。張り裂けんばかりに喉を震わせて、丈夫は絶叫した。
「誰かぁぁーっ! 助けてくれぇぇーっ!!」
そんな彼を、まるで拒絶するかのようにそびえる石壁。静かな森の静寂を切り裂く彼の声は、ただ虚しく空に谺する。
叫ぶのを止めたら全てが終わってしまうような気がして、丈夫は止まらなかった。
心細くて気が狂いそうだ。仄かな窓の灯り以外、何もない暗闇。
それに呑み込まれ、このまま闇に溶けてしまうのではないかと錯覚する恐怖で、丈夫は涙目になる。
その涙の飛沫が絶叫と共に宙へ飛び散った時。
何かが丈夫の視界の端を過った。
「.....え?」
無意識に彼はしっと眼を凝らす。すると、その視界に淡い光が映った。
ほんのりと光るウサギ。
警戒気味な顔で丈夫を見るウサギに気付き、彼の見開いた瞳が大きく揺れる。
生き物がいた。そうだ、ここは森じゃないか。無害な生き物だっているさ。
もちろん有害な生き物もいるだろう。しかし少なくとも、丈夫の知識の中で、ウサギという生き物は人を襲ったりはしない。でも淡く光るウサギなども、彼は聞いたことがない。
まさか、お化けじゃあるまいな?
嫌な想像を振り払い、丈夫はウサギに話しかけた。
「なあ? おまえ、ここに住んでるのか? ここって、何処なんだろうな?」
切なげに眉を寄せて、丈夫は地面に座り込みウサギに手を伸ばす。
ウサギは、一瞬ぎょっとした顔をしたが、キョロキョロと辺りを見渡してから、おずおずと彼に近づいてきた。
すんすんっと鼻を鳴らしてほんのりと光るウサギ。その心許なげな警戒心が、丈夫の胸に突き刺さる。
......まるで、俺みたいだ。
そしてさらに近くになったことで気がついた。
このウサギ様、体長十センチもない。彼の掌サイズである。
それでもフワフワで温かい毛玉は、恐怖にささくれだった丈夫の心を慰めてくれた。
「俺..... どうなるんだろう?」
柔らかな毛玉を優しく抱き締めて、丈夫はぎゅっと身体を丸める。
そんな彼の怯えた心を察したのか、件のウサギがすりすりと頬を寄せた。小さな手の肉球が、ぷにっと丈夫の頬を撫でる。
「ふっ..... ぬくいな、おまえ」
こんなに小さいのに、ウサギを抱えた胸に広がる温かな何か。ふくふくした体毛が彼の鼻先に触れ、やわかに混乱した丈夫の心を心地好く落ち着けた。
まるで守られるかのように包む不可思議な空気に誘われ、彼は深い眠りに落ちていく。泣き腫らした丈夫の瞼を、さわさわ撫でるウサギ様。
《.....アリガトウ。見ツケテクレテ》
ちりんっと鳴る鈴の音みたいな心地好い呟き。それに鼓膜をくすぐらせ、疲れはてていた青年は、ぐっすりと眠り込んだ。
これから起きる異世界の洗礼も知らずに。
気がのったら、続き書きます。気長にお付き合いください。