犬と私
百話に書いたものと内容が被ります。
●犬父と私
犬と生涯で深く関わったのは一頭だけだ。
祖父母の家で飼われていた。
番犬としてではなく、家の護りとして置かれていた。
祖父母の家は、風水や聞いた事のない呪術に重きを置いている家だった。
なので、家を守る犬が必要だった。
一度、方位磁石を持った「先生」と呼ばれる人に、犬小屋の位置が違うと数メートル移動された事がある。
その家にとっては、ペットではなく、単なる護りのつもりだったようだ。
首輪もなく、直接鎖でつながれた大型犬は、私にとっては温かさをくれる存在だった。
いつも温もりを欲している子供は、犬に寄り添った。
犬には名前がなかった。私は言葉を話さなかったので、名をつける事もなく「犬父」と懐いていた。彼も静かに私を受け入れた。
私が飢えれば、自分の食べ物をよこした。
私が殴られたり蹴られたりしたら、鎖の届く限りに大人に飛び掛かろうとした。
そしてある日、離れで寝ていた時に「ギャウン!ギャア!」という聞いた事もない獣の悲鳴を聞いた。こっそり見に行くと、大人が3人で犬父を捕まえて抑え込んでいた。
事は終わったのか、大人たちは去って行った。一人は血の付いた大きな裁縫ばさみを持っていた。
こわごわと犬小屋に近づいた。尻が出て震えている。
そっと触ると、
「ガアッ!」
と口を閉じたまま歯をむき出しにした。
私だと気付くと、黙ってそばに居させてくれた。
父からは混乱と恐怖と痛みが流れていた。
数日、食事をとろうとはしなかった。私が食べてかみ砕いたものを口移しに与えたが、嫌々だった。
何日かして、小屋の陰で口を開けて見せてくれた。
犬父の舌は縦に蛇のように切られていた。
ごめんね。ごめんね。人間がごめんね。私は泣きながら抱き着いて一緒に恐怖を感受した。
それから、大人を恐怖する犬を背に庇っては一緒に蹴られていた。
犬父との会話はない。感情をそのまま流してくれていたので、身体に触れながら同じものを見ているだけで何を考えているか理解できた。
風の臭いを嗅いでは、走り出したいワクワクした気持ちと、胸がキュウとなる切なさ、雌犬の臭い。山の臭い。ああ、山を自由に走りたいのかと理解した。
犬父を背に寄りかかっている時には、猫母は知らん顔をして、でも尻尾を立ててわざわざ前を通り過ぎた。
犬父は尻尾を少し振り、こっちに来れば?と意思表示をしたが、猫母は犬父と一緒に居る私まで無視して、でも尻尾をあげてすました顔で通り過ぎた。
そんな何年か。
私が9歳の頃に猫母が姿を消した。
そして10歳の頃、祖父が他界し、しばらくして祖母も後を追うように死んだ。
葬式で、親族が犬父を見て
「どうする?」
「明日にでもナタで潰す」
と言ったので、首の鎖を解き獣医に連れて行った。
獣医は私の望み通り薬殺してくれた。
犬父は私の腕の中で死んだ。
獣医は一輪車(ネコ車)とスコップを貸してくれた。
犬父を乗せて山に入り、何時間も穴を掘り埋めようとした時、弛緩して口が開いて切られた舌が見えた。犬父の死をその時に自覚した。
埋めて、山を下り獣医の裏口に猫車を置いた瞬間、自分がどこの山から下りて来たのか、どこに犬父を埋めたのか記憶が消えた。
自分の後ろにはただ真っ暗な夜が在るだけだった。
犬父は殺しに行く私の心を知りながら、リードもないのに一緒に歩いてくれた。
彼は自分が殺されるのを知っていたのだ。
私は彼を殺すしかなかった。
今でも不意に思い出すと声が出るほど、苦しく悔しい。
少し前に夫が言った。
「君さ、たまに寝ている時うなされているよ。犬の遠吠えのような鳴き声をあげている」
私は今でも自分を許せないでいる。
舌を切られた時の犬父になり、最後の息を吐く犬父を抱く私になり、今でも時折吠えている。