コウモリと私
●コウモリ
私の好きな動物だ。
闇夜が似合う。鳥でなく自由に空を飛ぶ。場所によっては忌み嫌われる生き物だ。
狭間の生き物だと思う。自分のようだと思った事がある。
人と獣の狭間。人から忌み嫌われる存在だった。
◆猫母が時折、破れコウモリを持って私の狩りの練習にさせた。
それは初級コースの獲物だった。だって、翼が破れているんだもの。ヨタヨタとしか飛べない。
それを慌てて捕まえては、「良し」をもらっていた。
さて、この傷付いたコウモリをどうしよう?
翼を広げて観察。親指以外の指に膜があり、それで羽ばたいて飛んでいるんだから凄いよな。コウモリの種類はアブラコウモリ。イエコウモリとも呼ばれている一般的なコウモリだ。
翼の膜は薄く後ろの指の指紋が透けて見えるほどで、そこに赤い血管が通っている。決して沢山の血管があるわけではないから、大量出血にもならないようだ。
治療はどうする?セロテープ?ホッチキス?補助器具が強すぎるな。ならばと、子供が買うには少々高かった記憶の瞬間接着剤だ。
それを、固定したコウモリの翼の破れた場所を繋げて上から塗っていく。
「キィキィ」と悲鳴が上がる。痛いのだ染みるのだ。乾くまで我慢してくれ。
膜の付いている長い指を確認する。良かった折れてはいない。
ふぅーふぅーと息を吹き、乾燥を速める。
乾くと、翼を畳み切れずに片方が半開きでよろよろとしている。
食料はどうする?コウモリの主食は大量の蚊などの小さな虫だ。うん無理だな。
堆肥場で甲虫の幼虫を捕ってきて、あげてみる。大きすぎて食べ物と認識できないらしい。
半分に切ってやると、喜んでかぶりついた。凄い食欲だ。そしてちょっとグロい。
頭から尻尾まで5センチ翼を広げると20数センチ。翼は後ろ足と尻尾の先まである。
身体の被毛は小動物の特権か、ビロードのように短く細かい毛が密集している。
最初は指を近づけると、威嚇なのか「チィチィ」と鳴いた。歯は小さくてもギザギザと尖っている。
口を閉じると可愛い顔なので、ギャップが凄い。
しかし、もとより反撃をするという考えも出なかったのだろう。懐かない代わりに噛みつきもしなかった。
一日に四匹のカブトムシの幼虫で10日ほど経った頃に、パラリと瞬間接着剤が落ちた。
翼は多少引きつれてはいるが、傷はふさがっている。
数日は様子を見ようと思ったが、寝る時の蚊帳の布に絡まっていたので、十分に飛べると判断をしてその夜に障子を開けて放してやった。
一瞬で夜の暗闇の中に溶け込んだ。
少し寂しくあったが、充実感もある夜だった。
◆
都心部の親せき宅に引き取られた時、真冬の小学校の体育館での体育の時間で、一角から悲鳴が上がった。
好奇心で覗くと、コウモリのミイラが天井から落ちてきたと言う。
床には平べったく固まったコウモリの死骸があった。
持ってみて臭いを嗅いでみた。臭くない。
少し疑問に持ち、手の平に包んでみた。数分ほどするとモゾモゾと動き出した。
どうやら体育館の天井で冬眠をしていたが、落ちてしまったようだ。
10メートルはあるだろう天井から落ちても無傷なようだ。
「いきている」
というと、女子はキャーとやはり悲鳴を上げて離れてしまった。
迷ったが、落とし物だとしても先生に届けるものでもないか。と思い、ポケットもなかったので、首元から服の中に入れた。
家に帰り、落とした腹を見てもどこにもいない。
服を脱ぐと、脇の下に当たる部分にしがみ付いていた。
さて、ここは都会だ。虫は捕れない。
虫か。高たんぱく高カロリーだな。と無塩バターを買って与えた。それが正解だったか分からない。
冬眠の途中で起きてしまったのだ。もしかしたら、落ちてしまった時点で弱い個体だったかもしれない。
一度も飛ぶところは見なかった。頭から尻まで4センチ。翼を広げた大きさ20センチ。数年前に手当てした個体よりも小さい。子供だったか。
しかし驚いたのは、身体が4センチしかないのに、チンコは1センチ近くあった事だ。空を自由に飛ぶために身体を軽くして、翼の被膜などとても薄い。なのにチンコがでかい。なんて不思議な生き物だ。
糞は細長の楕円。オシッコは黄色かった。そこは普通なんだな。しかし、野生のコウモリが水を飲んでいるかは不明。無塩バターかラードをあげていたが、ストローで水を落としてやると数滴を望んで飲んでいた。
春を待たずに二か月ほどで死んでしまった。
ある日、食べ物をとらなくなり、手の平で様子を見ていると、もぞもぞと居住まいを正す様に翼を折り畳み、身体を小さくして動かなくなった。
出会った時の姿のようだった。しかし、もう手で温めても動くことは無かった。
学校の木の下に埋めた。
自分が正しい事をしたのか、悪い事をしたのか未だに答えが出ない。
そんなコウモリの記憶。