蛇と私
物心つく頃には一人で住んでいた母屋から竹林を挟んだ離れの部屋。10畳くらいの建物だった。
入り口も窓もなく、壁の一面の縁側が出入り場所である。
そして、夜になると雨戸も閉められて、電気のない離れの中は真っ暗になった。
自分の手も見えない暗闇である。何かの時のためには蝋燭立てに一本蝋燭と横にマッチがあったが使う事はなかった。
耳を澄ます。
時折、寒い夏や急に寒くなった秋口に、ボトリッ。と落ちた後にザザザ。ザザザと畳を摺る音がする。
すると、布団を持ち上げてやるのだ。そうしなくても隙間を見つけては入ってくるだろうが。
天井の梁を住まいとする青大将だ。ズルズルと来ては、寒いと共寝をねだった。
最初は脇腹辺りでとぐろを巻くが、暑くなってくると布団からだらりと伸びた。
子供の私は、寝相が悪くごろりごろりと転がっていた。
ある朝には、横向きの私の腰骨で思い切り蛇を潰してしまっていたが、身体をのかすと何も言わずに布団から出て行った。多分痛くて怒っていたのだと思う。
他にもうつ伏せの時に、腹で潰したりとかもあったし、足で蹴ったりもしてしまっていたが、噛まれた事、締められたことは一切なかった。
布団を半周していたので2メートルはありそうな蛇だった。
私が熱を出して何も食べれない時には、猫母が食べ物を食べさせようと枕元にネズミやモグラを持ってきたのだが、相伴に呼ばなくても預かるのが蛇で喜んで食べていた。
いちど、80センチくらいのシマヘビを猫母が捕まえてきて、頭を潰されてビッタンビッタンしていた。「蛇の血は濃いのね~」と現実逃避も出来ないでいたが、青大将が落ちてきてシマヘビを頭から飲みだした。
ゆっくりと飲み込んでいくのは、熱の上がった頭と心への負担が大きくて、反対側の枕元の桶に何も食べれていないのに胃液を吐き戻していた。
猫母が戻った時には食い終えて腹がくちくなり、その場で適当に寝ようとしていたが、ヘビが嫌いな猫母にシャーッと怒られて、腹が膨れて梁に登ることも出来ずに、縁側から追い出されていた。
猫母は、ヘビが私の近くに居るのを由とせず、見つけたら追い出していた。
そういえば、その頃は普通に猫や犬が心を流してくれていたが、蛇は何か思いを流すわけでもなく、ただ、ハミングのように歌っている心が流れてきていた。
それは、楽しい嬉しいとかの細かい感情ではなく、生きているという単調なメロディーだった。
離れは、祖父母の他界と同時に取り壊された。
あの蛇を心配したが、死骸もなく逃げられたようで安心をした。
そんな蛇の記憶。