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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
9/50

1-9 上京


『おはよう、シオタくん。』

アルメルはそう言ってふふんと鼻を鳴らした。


「おはようございます。」と僕は同調した。


『いやあ、キミのような優秀な人材を迎えることが出来て実に鼻が高いよ。』

アルメルは可愛らしい小さな鼻先を人差し指の横腹でさすった。


「未熟ゆえ、至らぬこともあるかと存じますがご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。」と僕は返した。


クロメルは全く不服そうにその茶番を眺めていた。


『秘書のクロメルくん。今日の取引先はどこかね?』とアルメルは訊ねた。


『誰が秘書ですか!私まで雇用された覚えはありません!』とクロメルは憤慨した。


2日前、つまり僕が内定を貰った日、結局彼女たちのどっちが雇用主になるかという論争は何時まで経っても決着がつかず、いい加減煩わしくなった僕がコイントスで決めようと提案し、彼女たちはそれを承諾した。


その結果がこの茶番である。


『トリストス行きの列車は本数が少ないんですから、乗り遅れたら何時間も待つことになります。だから早く支度をしてください!』クロメルは相変わらずぷりぷりしながらそう言った。


トリストスとはこの国の首都にあたる都市で、僕らはそこへ行かなければならない理由を2つ抱えていた。


まずひとつは助手を雇うことによる助成金制度を受けるには、連金術省の本部へ雇用主と被雇用者が直接行って手続きを踏まなければならないからだった。


もうひとつは、幸運なことに双子にトリストスで勤務する依頼が舞い込んだからである。

それは建造物に関わることで、数日間はトリストスに滞在して錬金業務を行うものだった。


短期間ではあるが旅に出る僕たちのいでたちは少し普段とは違っていた。

クロメルはいつも後ろで結っていた美しい黒髪を降ろし、黒いドレスシューズを履き、光沢のあるベルベット生地でしつらえた黒のテーラードジャケットを羽織っていたし、アルメルはブラウンのショートブーツを履いて、ツイード生地で作られたグレーのチェスターコートを羽織っていた。

そして二人ともジャケットの襟には、銀色に輝く三日月型の紋章が刻まれたバッジをつけていた。

コツコツと靴のかかとを鳴らして歩く双子は、たとえ小さくても立派なレディに見えたし、何より普段よりもいっそう知的に見えた。


『なんですか。』

僕が二人の姿をじっと見ていたのを察してか、クロメルが言った。


「あ、いや、クロメルは髪を降ろしていたほうが似合うなと思って。」

僕ははずみで言わなくてもいいことを言ってしまったかもしれないとどぎまぎした。


『そう・・・ですか。』

クロメルは黒髪を撫でつけながら少しだけ口角を上げた。

よかった、嫌がってはいないようだ。


『ねね、あたしは?』とアルメル。


「アルメルもいつもより大人びて見えるよ。お姉さんって感じだ。」


『えへへへへへへ!キミはわかってるなあ!』

アルメルは上機嫌に言った。

この子はわかりやすくて助かる。



四方山話(よもやまばなし)に花を咲かせながら15分ほど歩くとカルンの駅が見えてきた。

駅構内に入り路線図を見てみると、地名などはまったく聞いたことのないものばかりだったが、広範囲にわたり国内に延伸するその規模は目を見張るものがあった。

僕の世界での文明がこのレベルだった時代はおそらくこんなに鉄道網は発達していなかっただろう。

それは錬金術の恩恵に他ならなかった。

僕たちがこれから乗る蒸気機関車の燃料になる石炭は錬金術が使える人材を大量に雇えば採掘も比較的容易だったろうし、大規模な鋳造設備がなくても錬金術で蒸気機関車のボディや金属製の線路は製造できたであろうと僕は推察した。



僕たち三人は切符を買ってトリストス行きの列車の四人掛けの向かい合ったボックス席に腰を降ろし、余った一席に荷物をまとめて置いた。

車内はお世辞にも広いとは言えなかったが、利用者が少なくがらりとしていて快適な旅になりそうだった。


昨日、クロメルにトリストスまでの距離を訊ねたところ、180マイルくらいと言っていたから、大体300キロメートル弱くらいということになる。

名古屋から東京までの距離と同等程度か。

それならば他の駅での停車時間を含めてもせいぜい4時間くらいでつくだろうと僕は楽観した。

いよいよ蒸気機関車は走り出し、僕は車窓から見える景色でも見てみるかと窓を覗き込んだ。

街を抜けて、だだっ広い平野を汽車が駆け抜けている時に僕は気づいてしまった。

嫌な予感がして僕はアルメルにこう訊ねた。


「この汽車っていつ加速するの?」


『んー?多分これが最高速だと思うけどなあ。』とアルメルは答えてくれた。


嫌な予感が当たってしまった。

自動車を日常的に運転していた僕の感覚で言って、この汽車はせいぜい5,60キロ程度のスピードしか出ていなかったのだ。

ということはトリストスに着くまでにたっぷり7,8時間はかかるってことじゃないか。

僕たちはメルアさんが作ってくれたお弁当を早くもパクつきながら、トリストスに着いてからの予定や、彼女達の仕事の概要などを話題にお喋りしながら時間を潰した。


ふと、この双子のご両親はどうしているのだろうかと、少し前から気になっていたことを思い出した。


「そういえば、2人のご両親は?」と訊ねた。


『言いたくない!!!』とアルメルが少し食い気味に大きめの声で言った。


しまった、と思ったがもう遅かった。


普段は底抜けに朗らかなアルメルがこんな風に怒るなんて、僕は本当に余計なことを言ってしまったのだとすぐに反省した。

この状態は地雷を踏んでしまったというより、逆鱗に触れてしまったと言った方が正しかった。


『アルメル、確かに気持ちはわかりますが、ケイも悪気があって訊いたのではありませんよ。彼は何も知らないんです。』とクロメルが助け舟を出した。


「ごめん、2人とも。僕が無神経だった。」僕はそう2人に謝罪した。


『ほら、アルメル。ケイもこう言っていますよ?』


アルメルはプイとそっぽを向いた。


そして、長い長い沈黙が訪れた。


やってしまった。

7,8時間も一緒にこの汽車に乗っていなくてはならないというのに、こんな険悪な空気にしてしまってどうするんだ。

膨れっ面のアルメルだけでなく、クロメルは悲哀を含んだ表情をしていた。

この双子にとって思い出したくないようなことを僕は言ってしまったらしかった。


僕はその雰囲気に耐えられずに「ちょっと散歩してくる」と言い残して席を立った。


ちゃんと謝罪したし、アルメルも感情的になった引っ込みがつかないだけで、少し時間が経てばまた元通りになるだろう、何となくそう思った。




現役で稼働している蒸気機関を間近で見学する機会など僕の生きてきた社会ではありえなかったので、気を紛らわすために色々と見て回ろうと思った。


先頭の車両から見える石炭箱や、その奥に少しだけ見える運転室、一番先端に見える煙突からもくもくと吐き出される黒煙など、あちこち見て回るだけで退屈しなかった。


一通り見学を終え、一息つきたくなったので、乗客を乗せた車両の中間にあるデッキで風を浴びながら外の風景を眺めていると、「キィー」という凄まじい摩擦音と揺れを感じた。

僕は振り落とされないようにしっかりデッキの手摺にしがみついた。

しばらくそれが続き、どうやら汽車は完全に止まってしまったようだった。



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