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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
7/50

1-7 盗人


最初の錬耐試験から二日経ったが僕が錬金術を習得する気配はまるでなかった。

僕がその練習をするたび、双子は例の森まで付いてきてくれて、常に様子を見守ってくれていた。


三日目の朝、僕が目を覚まして朝食を摂っていると、あの双子の姿はすでになかった。

メルアさんにどこへ行ったのかと訊ねると、仕事へ行ったのだと言う。

そうか。彼女たちも見てくれは()()だけど世間的には立派な大人だった。

子供みたいな見た目で、子供でも出来ることが出来ない僕とは全然比べ物にならないくらいに。


あの双子の錬金術の精度と限界錬成質量の大きさは非凡なものがあり、錬金術師等級の分類で上から二番目に位置する二級術士に最年少で到達したほどだった。

このカルンの街の人口は二万二千人ほどだが、その中で二級以上の等級を持つ錬金術師はあの双子だけだとメルアさんは話してくれた。


あの子たちそんなにすごいヤツだったのか、と僕は素直に思った。


二級術士以上になると民間から直接依頼を受けたりすることはなく、国が間に入って実力に見合った仕事を斡旋してくれるようになるという。

当然、高等級術士にしかできない仕事は報酬も高額らしい。

彼女たちは国から書面で依頼が届いた時のみ頼まれた場所へ行って、仕事をこなして帰ってくるという。

長期にわたる仕事を国から依頼されることもあれば、今日のように小さめの仕事が来ることもあるが、受けるかどうかは自由に決められるらしい。

なんて羨ましい勤務形態なんだ、いつか仕事ぶりを見学させてもらおう。




僕は森までの道のりもそろそろ覚えて行き帰りができそうなことと、メルアさんに料理の時に使う薪を拾ってきて欲しいと頼まれたので、1人でクロシル家の森へ行くことにした。


僕は森を一通り回ってカゴがいっぱいになるまで薪を集めたあと、日が暮れるまで懲りずにまた、進歩のない錬金術の練習を始めた。


錬成光という、錬金術を使用する際に起こる発光現象は見られるのに錬成が始まらないのはおかしいとアルメルは言っていたが、まさにそんな具合で僕はたまに掌を淡く光らせるだけの男だった。


日も暮れかけ、そろそろ家路につこうと思っていた頃、遠くで何か話し声が聞こえた。

話し声がする方へ歩いていくと、三人の男と荷車が目に入った。


僕を発見した男のひとりが僕を睨めつけて『なんだお前。ここは私有地だぞ。』と言った。


荷車いっぱいに積まれた材木、地面に転がっている大型の(のこぎり)、まだ切り口が新しい切り株、状況はすぐに理解できた。


そう言えばクロメルが言っていた。

石材や金属は錬金術で誰でも抽出、加工が出来てしまうから比較的安価だけれど、木材などの有機物は微力のエナを宿しているために錬金術が使えない。

だから木材や革製品などが高値で取引されている、と。


「確かにここは私有地です。でもあなたたちが許可を得てそんなことをしているようには見えないのですが。」僕は皮肉たっぷりに言った。


別の男が立ち上がり『なんだお前。お前だって私有地に立ち入ってるじゃねえか。』と反論してきた。


なんだお前、なんだお前、うるさいな。

人に難癖つける時のボキャブラリーが貧困すぎやしないか?


「僕はクロシル家の人間です。」


すると三人の目の色が変わった。


三人目が『なんだ?お前みたいなやつ見たことねえぞ?』


お前もか。

"なんだお前"の言い方のバリエーションを見せるな。


とはいえ冗談など言っている場合では全くなく、この状況はほとんど絶体絶命と言ってもいいほどに絶望的だった。

1対1でも勝てるか分からない男が三人、それにむこうには武器もある。


「そんなことはどうでもいいです。今すぐこの森から出ていってください。」


嗚呼、言ってしまった。

一目散に逃げ出してしまえばよいものを…

また僕は選択を誤ってしまったのかもしれないと少し後悔した。

少しの沈黙の後、男のうちのひとりがおもむろに荷車の取っ手に手をかけた。


『こいつは俺がやっとくから、お前らは支度してろ』


『おい、殺すなよ』


物騒な会話だ。

いよいよ覚悟を決めなければならないようだった。

でも1人ずつ来てくれるならまだ勝ち目はあるかもしれない。


荷車の取っ手を握った男の手が青白く光った。

取っ手の部分だけが錬金術によって荷車から分離し、男は1メートルほどの長さの鉄棒を手に入れていた。


この世界の喧嘩はなんて恐ろしいんだ。

男は容赦なく鉄の棒で殴りかかってきた。


後ろに下がることで、なんとか初撃はかわすことが出来たが、これでは時間の問題だ。


『でかい事言って逃げ回るだけか?』


男は優越感に浸った笑みを浮かべ、鉄棒を肩に背負ってゆっくりこちらに歩いてきた。


そうだ。

一度もできなかったけどやるしかない。

きっととてつもなく痛いだろうけど、あの鉄の棒を手で一度受け止めて、錬金術で別の何か…危なくない形状に作り替える。


僕は男に対して正面から鉄棒を受け止める体制をとった。


『おぉ。見かけによらず根性ありそうだなッ!』


再び鉄棒は振り下ろされた。

僕はそれを両の掌で受け止めた。

激痛が走る、でもここでこれを離したら一巻の終わりだ。

痛みに耐えて両手で鉄棒を握りしめて離さなかった。


『テメェ、離せ…!』


男と僕は鉄棒を取り合う形になり、何とか振り払われぬように必死にズキズキと痛む両手を握り締めた。

そして僕の両手は淡い光を放った。

頼む。今だけでいいから成功してくれ。

祈るような気持だった。


しかし、鉄棒は何の形状変化もしなかった。


終わった。

多分僕はこれからこの男たちに痛めつけられてしまう。

そう覚悟をした時だった。


『あアアアアアアア!!』


男が鉄棒を握り締めながら身の毛もよだつような叫び声を上げた。


僕の両手が光を失い、男は地面にドサリと倒れこんだ。

それと同時に残りの二人がこちらに注目して『どうした!!?』と大声を上げながら向かってくるのが見えた。


何が起きたのだろう。

僕はふと握り締めている鉄棒を見た。

先端に何かついている。

それにこの匂いは・・・

倒れた男の掌に目をやると、男の掌は一部溶けたようにただれていた。

僕はこの反応をよく知っていた、というか僕はこれの数十倍も酷い状態になって命を落とすはずだった。

まだ確証はなかったが、考えたり試したりしている時間は無いようだった。


『貴様、なにをしたァ!!』


男の一人が大型の(のこぎり)を振り下ろした。

僕はそれを握り締めた鉄製の棒で受け止め、()()()を使ってみた。

すると鋸を持った男は動きを止め、慌てて僕から距離をとった。

鋸と鉄棒が離れる時に黄色っぽい火花が散るのを僕はしっかり目にとらえた。


僕の想像はどうやら当たっていた。

今の火花は元の世界で何度も見たことがある。アークだ。

それは空気中の絶縁が破壊され、放電が起こる時に見られる現象だった。

アーク溶接機に代表されるこの現象は、金属を溶かしてしまうほどの高熱と大きな電流を伴う。


『な、なんだお前は・・・今のは・・・』


鋸を持った男は、痺れた腕を抱えて理解が及ばないといった表情で僕を見た。


なるほど。

この鋸男の場合は、素手で鉄製の棒を握りしめていた先の男と違い、鋸の柄に巻いてある滑り止めの手ぬぐいのおかげで皮膚抵抗が上昇し、意識を保っていられたわけか。


「苦しいですか?僕の身体に触れた者はそこに転がってる奴みたいに身体が痺れて意識を失うんです。この男もまだ生きています。早くしないと手遅れになるかもしれませんが。」と僕は根拠もないことを(うそぶ)いた。


鋸男は地面に倒れてる男を一瞥して、心底おびえた様子でもう一人の男に言った。


『こいつの言ってることは本当だ・・・俺ァ今実際にそうなったからわかる。』


僕はチャンスだと思い「命までは取りません。あの荷車の木材を降ろして、そこに転がっている男を代わりに載せて帰るというのであればですが。」と続けた。


『わ、わかった。言うとおりにする。』


そう言って彼らは荷車に積まれた木材を急いで降ろし始めた。

僕はそれを横目に見ながら、転がっている男の首筋に手を当てた。

脈はある。よかった、殺してしまったわけじゃないようだ。


『お、おい!それ以上そいつに触れるのはやめてやってくれぇ!!』


男の一人が僕に向かって嘆願するように叫んだ。

確かにさっき言った脅し文句からすると、この男に止めを刺していると思われても仕方なかった。

悪党のくせに仲間思いな奴がいるのは僕の元居た世界と同じだ。

僕がこの男たちを一方的に脅かしているような気分になって、全く胸糞が悪い。


「いま触れたのは脈があるか確認するためです。何も危害は加えていません。それと、彼はやはりちゃんと生きているようですよ。」と僕は弁明した。




彼らは僕の言った通り気絶した男を取っ手の無い荷車に載せて足早に立ち去って行った。

すっかり暮れてしまった闇の中に消えていくと、僕は緊張が一気に解けてその場に尻もちをついた。


予定よりかなり帰りが遅くなってしまいそうだったが、帰り道で先ほどの輩と鉢合わせするのは御免だったので、僕は時間つぶしがてらその場であちこちに散らばっている木材を整頓してから帰路へ就くことにした。





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