1-6 落第
クロシル家に居候させてもらえることになってから、双子がまず僕にしてくれたことは錬金耐力試験、通称:錬耐試験だった。
錬耐試験は適当な鉱物を対象に錬金術を使用し、その効果によって構築された錬成物の重量を測り、限界錬成質量を簡易的に測定するというものだ。
それは僕が初めて彼女たちと会った森で行われた。
この森は私有地だと言っていたし、都合がいいのかもしれない。
これからの僕はどんなことを成すべきだとしても、今はとにかく収入が要る。
この世界の労働は錬金術を用いたものが多くを占めるようで、僕がどの程度の術士なのかをカテゴライズしておかなければ、仕事を探す上で困ってしまうので、まずはそこをハッキリさせておこうというねらいがあった。
クロメルは試験を始める前に錬金術を僕に見せてくれた。
僕たちの身体よりもずっと大きな岩に両手をかざすと、掌が淡く青白い光を放ち、岩の一部が少しずつ粒子化し、削り取られて彼女の掌の中に集まっていく。
完全に母体と分離して彼女のコントロール下になった岩の一部分はまるで粘土質であるかのようにクロメルの意のままに形を変化させていく。
やがてそれはもこもことした毛皮で覆われた四足獣の体を為した。
少し小振りな羊の石像が完成した様子はまるで魔法か何かのようだった。
僕の元居た世界であれを作るとすれば、切り出した石材を掘削するほかない。
それも石工や彫刻家が時間をかけて少しずつ少しずつ削り取るしか。
それなのに彼女がこの短時間で作った石像の足元には削りカス一つ落ちていなかった。
彼女いわく、これでも僕に見せるために流動的にゆっくり錬成をおこなったとのことだった。
僕はモノづくりに携わっていた人間として感動していた。
この造形物がNC旋盤も、三次元加工機も、彫刻刀と彫刻家も用いずに目の前にこれだけの短時間で生成されたのだ。
昨日から幾度となく錬金術のことを聞かされてきたが、たった今僕はこの世界のすばらしさに追いついた。
この夢のような錬金術を僕も使えるようになるとは、なんて素敵なんだろうとわくわくした。
しかし、結論から言うと僕に錬金術は全然使えなかった。
彼女たちに促され、僕も同じように岩に手をかざして、目を閉じて集中し、自分の中にある創造する力のことを強く認識するように努めると、僕の両手も先ほどのクロメルと同じように淡い光を帯び始めた。
次に、彼女たちの指示通り分解と再構築によって自分の作りたいと思う造形をイメージした。
しかし、残念なことにそれ以上は何も起こらなかった。
この世界では児童でもできるようなことが僕にはうまく出来なかった。
落ちこぼれな僕がアルメルのお姉さん気質に火をつけてしまったのか、彼女は熱心に錬金術のコツのようなものを僕に伝授してくれたが、それが功を奏するということはなく、結局この日は一度も錬金術を成功させることはできなかった。
僕たちはがっくりと肩を落とし、日が暮れる前に家路に就くことにした。
クロシル家に帰ってきた僕たちは椅子に腰かけて、一息ついていた。
『錬成光は出てたのにねー、なんでだろね?』
『残念です。』
僕は疲れからか襲い来る眠気と戦ってウトウトしていた。
アルメルが『疲れちゃった?』と僕に訊ねてきた。
「・・・うん。なんか異様に眠いんだ。」
僕はそう答えた後、耐えきれずに楕円形のテーブルの上に突っ伏して眠ってしまった。
『エナを使いすぎちゃったのかなあ?』
『錬成自体が始まっていない場合、エナは消費されないはずなんですが・・・』
3時間ほど眠ってしまっていた僕は目を覚ました。
もうとっくに日は暮れて、メルアさんが夕食の支度をしているとところだった。
『あっ。起きた!キミはなかなか勘がいいね。』
「これは?」肩に掛けられた毛布を見ながら言った。
『風邪ひくといけないからね。』
「ありがとう。」
『毛布をかけたのはおばあちゃんだよ。あたしは夕食が出来たらこのテーブルに突っ伏しているキミをどうやって起こしてやろうかじっくり考えてただけ!』とアルメルはニヤリと笑みを浮かべた。
『さあアルメル、テーブルの上を片付けてちょうだい。』
アルメルが脱ぎ散らかした手袋やら、読んでいた本やらで散らかったテーブルにメルアさんが今日の夕食を持ってきてくれた。
『起きたのね。悪いんだけど二階にいるクロメルを呼んできてくれないかい?』
「わかりました。あ、あと毛布ありがとうございます。」
『いいえ。』メルアさんは穏やかな表情で答えた。
これから夕食を目の当たりにした僕は、腹が減っていることを思い出し、足早に木製の階段を上がって行った。
二階には四つの部屋がありそのうち四つが彼女たち3人の部屋、もう1つが納屋として使われていた。
僕はそのうちのひとつをノックした。
すると『どうぞ。』と声がした。
「クロメル、入るよ。」と言って扉を開けた。
クロメルの部屋は大きなラック付きの机と椅子、ベッド、それから観音開きのクローゼットがあるだけの部屋で、家具は全て木製だった。
僕は部屋の床に敷かれた深緑に染色された絨毯の上に足を踏み入れた。
椅子に腰かけてこちらを振り返るクロメルに「夕食の準備が出来たみたいだよ。」と伝えて部屋を出ようとすると『待ってください。』とクロメルに服の裾を引っ張って呼び止められた。
『あの。今日は残念でしたけど、きっとすぐ上手になります。だから気を落とさないでください。私達も何かいい方法を探します。』
彼女は少し俯いて、視線を外しながらそう告げた。
この黒髪の少女が僕を気遣うたおやかさに、胸がじんわりと暖かくなるのを感じずにはいられなかった。
「うん、絶対出来るようになってみせる。」と僕は虚勢を張った。
クロメルは俯いたまま小さく頷いて、握っていた裾をパッと離した。
「さ、行こう」
僕達は2人で階段を下って行った。




