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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
三章
43/50

3-5 逃走と闘争


不意に身体を蹴りだされた僕は、階段状に下っている採掘場の斜面を転がり落ちていった。

幸いにも、アドル仕込みの受け身のおかげで怪我はしなかった。


『ケヒャハハハハハ!!』


なんて下卑(げび)た笑い方だろうか。

僕を見下しながら笑うルキオは、先ほどまでの品行方正な印象を一切失くしてしまっていて、まるで別人が乗り移ったかのようだった。


「どういう・・・つもりだ?」


身体を起こしつつ、我ながらわかり切ったことを質問した。


『いっちょ前に質問してンじゃねえよ!!クソバカがよお。』


「この行動の意味は、不正を働いていると受け取っていいんだな?」


なんだろう、この違和感は。

この男が僕に敵対する存在ということだけは理解できる。

でもこの状況は何かがおかしい。


『うるせえよクソバカ。てめえらみてぇなクソネズミが嗅ぎまわるせいで"あのお方"が迷惑してんだよ!!』


「あのお方っていうのは誰のことかきいてもいいかな?」


『てめぇ人の話聞いてたか?いっちょ前に質問してくれてンじゃねえって言ってんだよクソバカ!!てめぇはこの競技場を走る馬だ。せいぜい頑張って逃げ回るんだな。』


その時、採掘場で作業している数十人の従業員が、全員全く同時に僕の方を見た。

その寸分の狂いもない機械的な動きは僕に恐怖心を植え付けるには十分だった。


「な、なんだこいつら・・・」


『そぉら、ゲートが開くぞ!!』


ルキオがそう言った途端に、採掘場で作業していた全ての従業員が僕に向かって大挙して押し寄せてきた。

その屈強な採掘夫たちは僕を殺すというひとつの共通意識を持っているようだ。

スコップやらピッケルを握って迫ってくるその様は、誰が見たとしても論を()たない。


「うわっ!」


一番近くにいた採掘夫が振り下ろしたピッケルを僕は間一髪で回避した。

地面に突き刺さってしまったピッケルを一生懸命引き抜こうとしている彼の目は虚ろで、口からはよだれが垂れ流しになっていた。


「これは・・・アランと同じ・・・?」


アランとは、トリストスの建築現場で僕たちを襲った青年のことだ。

まるでゾンビかなにかのように意識が薄弱で、機械的に僕を追跡してくる。

僕が感じていた違和感はこれだった。

さきほど、人間がひとり高みから蹴り落とされて、自分たちの上司と口論になっているというのに、従業員の誰もこちらに注目している様子がなく、全員黙々と作業を続けているなど普通はあり得ない。

ならば採掘夫たちはたった今狂気に侵されたわけではなく、最初から普通ではなかったのだ。


『ケヒャハハ!!走れ走れェ!!』


諸手(もろて)を叩き合わせながら嘲笑するルシオを背に、僕は彼の言う通り逃げ回るしかなかった。


僕は採掘場をとにかく走って走って走り続けた。

それこそ競走馬のように。

敵はざっと見積もって百人弱。

とてもじゃないが一度に相手できるような人数ではなかった。


逃げながら何か策を考えねばならない思ったが、案外早く決断すべき瞬間は訪れてしまう。

不意に僕の身体はふわりと宙に舞った。

トロッコのレール同士が交差する分岐部分に躓いて転倒してしまったのだ。

もうすぐそこに数人が迫ってきていて、体を起こしている暇はない。

僕はこのまま、すり鉢の中に落とされた胡麻の一粒のように粉微塵になって死んでしまうのだろうか?





その時、走馬灯のように様々なことが頭を巡った。





アランと同じ?



僕は彼をどうやって撃退したのだったか。



彼はどうやって正気に戻った?



ピエラ砂丘の施設で僕たちを襲った鱗犬たちはなぜ急に戦意を失った?



施設の動物たちが、盲目的にターニャに従っていた理由は?



僕が与えられた力の本当の意味は?










ゆっくりになった体感時間の中で思考を終えた時、採掘夫たちの三分の一ほどは地面に伏していた。

もちろん僕を取り囲もうとしていた男たちも。


金属でできたトロッコのレールは採掘場全域に張り巡らせられている。

それを利用して動電術を使って彼らを感電させたのだ。

今僕にできる無差別的な範囲攻撃だ。



「・・・わかったよ。そういうことだったのか。」


『なんだ?おい!!クソバカてめぇ何をした!?』


ルキオが喚き散らしているのが聞こえたが、悠長に彼の質問に答えていられるほど、僕には時間が無い。

とにかく、()()()()へ行かなくては。

()()()()にさえたどり着けば、この状況も必ず打破できる。

意を決すると、僕は立ち上がって再び走りだした。

しかし、それは先ほどまでのような"逃走"などではなく、むしろ"闘争"に類するものであった。



アドルは僕に稽古をつけている時にこんなことを言ったことがある。

"お前の能力は多勢を相手にする時にこそ真価を発揮するかもしれん"と。


僕はあえて集団で迫り来る採掘夫の方を選んで飛び込み、活路を開いた。

いくら密集していても攻撃をかわさなければならないのは先頭の一人か二人だ。

ならばダメージ覚悟で懐に飛び込んでその一人か二人を盾に、後続もろとも動電術にかけてしまえばいい。

前後左右を囲まれてしまっては回避のしようがなくなるので、攻撃をかわしながら常に前に進み続けるほうがリスクが低いのだ。

それに冷静になって考えれば、僕はこいつらに拘束されることはない。

何故なら拘束しようと僕の身体に触れた時点で動電術がダメージを与えるからだ。

となると、僕が恐ろしいのは相手の持つ武器で致命傷を与えられることだけで、とにかくそれだけを回避することを考えればいい。


そうして僕は迫り来る採掘夫たちを撃退しながら目的の場所にたどり着くことが出来た。


「はあ・・・はあ・・・これで・・・助かるぞ・・・!」


それは高低差のある採掘場に荷下ろしをするためのクレーンだった。

ちょうどそのフック付きのワイヤーロープが採掘場の最下段まで垂れ下がっていた。


「玉掛けの免許は持ってないけど、今日だけは許してもらうしかないな。」


僕は垂れ下がるワイヤーロープをよじ登って、出来るだけ高い位置にしがみついた。

眼下には亡者のようにそれに群がろうとする採掘夫たちが見える。

僕が握っている金属製のワイヤーロープには今や電圧が印加されており、殺到した彼らはワイヤーをよじ登ろうとフックに触れるなりその場に続々と倒れこんでいった。


「思った通りだ。こいつらは単純な動きしかできない。」




『なんでだァ!!?"コネクト"が・・・クソバカてめぇ何をしやがった!!答えやがれ!!』

ルキオが少し遠めから大きな声で喚き散らした。


「おいおい、いっちょ前に質問してくれてんじゃねえよ。」

僕は出来る限り厭味(いやみ)ったらしくそう言い返した。



格好をつけては見たものの、セミのようにワイヤーロープにしがみつく僕の姿は相当滑稽なものに違いなかった。

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