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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
三章
40/50

3-2 尋ね人


エヴァンにおける僕達の住宅はいわゆる"借り上げ社宅"のようなもので、錬金術省が賃料を負担して僕たちを住まわせてくれていた。

それもある程度経済的に余裕を持って暮らせる理由のひとつだった。

そこで僕達は夕食の支度を整えて、客人の来訪を待った。


入口のベルがチリンチリンと鳴ってそれを知らせると、応答の後にその人物はガチャリと扉を開けて入ってきた。


『やあ。お邪魔するよ。』


スラックスにワイシャツにネクタイ、その上にエヴァンの気候に合わせてグレーのマフラーとブラウンのトレンチコートを着用していて、コツコツと革靴の(かかと)を鳴らしながら彼はやってきた。

客人というのは、ルイス・アラストルその人だった。


『ルイス!いらっしゃい!』

アルメルは玄関でルイスを迎えて明るい声色で言った。


『アルメル!元気そうじゃないか。』


『元気だよっ!さあこっちに来て!今、晩御飯が出来たところなの。一緒に食べよっ?』


『おぉ。それは気を使わせてしまったね。じゃあご馳走になろうかな!』


そんなやり取りをしながらアルメルは彼をリビングへ招き入れた。


『やあ、クロメル。それからケイくんも。』


ルイスは右手を上げて僕達に挨拶した。

そして、ちらとターニャの方を見て目を見開いた。


『驚いた。君が噂のお嬢さんかな?』


ターニャは鉢周りの耳をぴょこっと動かしてルイスを見た。


『誰にゃ?』


『あぁ、失礼したね。僕の名前はルイス・アラストル。クロメルとアルメルの古い友人さ。どうぞよろしく。』


ルイスはターニャに向かって軽く会釈をした。


『よ、よろしく頼むにゃ。わたしはターニャにゃ。』


彼女は丁寧すぎるその挨拶に困惑している様子だった。


『君にピッタリの可愛らしい名前だね。僕のことは気軽にルイスって呼んでくれたら嬉しいな。』


『あの、え、と、ありがとにゃ。こっちもターニャでいいにゃ・・・』

ターニャは面映(おもは)ゆそうに目線を外しながら答えた。



これはなんなのだろう。

ターニャがこんなにしおらしくなったところなど一度たりとも見たことがない。

ひょっとすると、このやり方が正解なのか?

いやいや、惑わされてはいけない。

"君にピッタリの可愛らしい名前だね"だって?

僕の口からそんな歯が浮くような言葉が出ようものなら、大抵の女性は眉をひそめるか、クスクス(あざけ)るように笑ってその場を立ち去ってしまうに違いない。

(うぐいす)の美しい(さえず)りは鶯が発するから美しいのであって、例えばウシガエルが鶯の声で鳴いたとしてもそれは酷く恐ろしい生き物にしかならないのだ。



僕たちはアルメルと僕の合作である料理をテーブルに並べ、ルイスと共に食卓を囲みながら彼の話に耳を傾けた。


『君たちの報告書を見させて貰ったよ。』


『どう思いますか?』


『すごくよく出来ていると思うよ。いや、そうじゃないか。内容の方だね?行方不明者の原因が君たちの探している人物かはわからないけれど、すでにどこかへ去ってしまったと見るのが妥当だろうね・・・』


『やっぱりかぁ。』

アルメルはがっくりと肩を落とした。



僕達がエヴァンに白羽の矢を立てたのには理由があった。

それは二ヶ月前、調査地をどこにするか決めかねていた時にある情報が舞い込んだことに端を発していた。

エヴァンでひと月ほどの間に行方不明が多数出ていると地元警察から情報が上がってきたのである。

電話もGPSもないこの世界では行方知れずになる人などいくらでも居るだろうが、この件の行方不明者というのは、採掘に従事する作業員が退職も告げずに突然翌日の仕事に来なくなってしまうのだという。

僕が社会人として十余年働いてきた経験から言うと、そういう人間はたしかにいる。

しかし、最近のエヴァンでは僕たちの世界の言葉で言うところの"バックレ的な退職者"がたったのひと月で数百人にも及び、決まって自分の住居まで放棄してどこかへ姿を消してしまっているのだという。

僕達はそれを聞きつけてここへ調査に足を運び、二ヶ月間の調査ののち、結果を報告書にまとめて錬金術省に送っていたというわけだ。

そして、残念ながらフューラーに関する情報も、シャールに関する情報もひとつも出ては来なかった。


『君達がここへ来て調査を始めてから行方不明者がぱったりと出なくなっている。』


「やっぱりあたしたちが色々探ってることに気付かれたってことかなあ?」


『僕もそう思う。やっぱり一連の行方不明は偶発的なものではないね。』


『でもルイス、あなたがわざわざここへ来たということは何か核心めいたものが見つかったのでしょう?』


『さすがクロメル、相変わらずカンがいいね。』


『なになに?』


『鉄鉱石さ。』


「鉄鉱石って鉄の原料になるアレ?」


『ああ、その鉄鉱石だよ。採掘された鉄鉱石は計量所で一度重量を計測してから、錬金術によって鉄とそれ以外の不純物によりわけられる。それからその抽出された鉄の重量をまた計測したあとに流通することになっているんだ。法律上ね。』


「へぇ。鉄の含有率(がんゆうりつ)でも調べてるの?」


『ケイくんも中々鋭いね。そうなんだ、採掘された鉄鉱石に含まれる鉄の割合を管理するためにわざわざ二回も重量を測っているわけなんだけれど、理由はその先にあるんだよ。エヴァンで採れる鉄鉱石は、平均鉄含有率(てつがんゆうりつ)五十二パーセント前後とかなり高品質で知られている。それがここ数ヶ月においては連続で下落しているんだ。』


『にゃんだか急にねむたくにゃってきたにゃ・・・』


『つまり鉄鉱石の品質が落ちちゃったってこと?』


『その可能性もあるね。でも僕は全く違う想像をしているよ。』


『横流し、ですか?』


『察しがいいね。この国では生産者が鉄を流通させる段階で税金を国に納める必要があるんだけど、鉄鉱石から鉄が取り出される過程でどこかに不正に持ち出されるとどうなると思う?』


「そうか!脱税しようとすると結果的にエヴァン産鉄鉱石の平均鉄含有率を下げることになるのか!」


『そう、僕が言いたいのはまさにそれさ。その数字を見て我々はちゃんと正規の手順で課税された鉄が流通しているかを見極めているわけなんだ。』


この世界においての"鉄"は僕がいた世界よりもさらに身近なものであると、数ヶ月間しか身を置かない僕でも理解していた。

取り尽くせないほどの量が眠っていて、錬金術のおかげで抽出・加工も容易なためか鉄でできた製品は非常に安価で流通していた。

課税をするなら確かにうってつけかもしれない。


「それじゃあ、行方不明者の件と鉄鉱石の件は関連性があるってことなのか?」


『それはまだ断定は出来ないけれど、僕がここへ来たのはそれを詳しく調べるためってことだね。』





ルイス・アラストルの来訪は、僕たちにまたひとつ有益な情報をもたらしたが、同時に何か言い知れぬ不安をその内側に蓄えさせていったことも確かだった。






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