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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
4/50

1-4 熱電対の双子

僕は依然としてクロメル先生のありがたい講義のただ中にいた。


『この安全衛生錬金法 第一条に錬金術により国民の生命、財産、尊厳を脅かしてはならないと定めていて、これは錬金術を労働に使用する場合も含まれます。第一項に錬金術を使って他人を脅かしてはならないという凡例が細かく書かれていて、第二項には錬金術を行使する業務に就く労働者を雇用する地位にある者は、労働者に錬金術を使って他人を脅かす行為を強要すること、または労働者本人が錬金術によって脅かされることをさせてはならないという内容が記述されています。次に第三項ですが…』



クロメル先生の講義は終わることを知らず、次第に早口になり、理解が追いつかない程のスピードで文字列を音に変換して僕の耳に投げつけていた。

アルメルがわざわざ口を挟んでまでスープを先に平らげさせたのはこれが理由か…


『あちゃー、これはもう()()()()()()()なぁ…』


アルメルは額に手のひらを当てて、まいったようにぎゅっと両目を瞑った。


「ちちちょ、ちょっと待って!!」


『どうしましたか?』とクロメルは言った。


表情が豊かとは言えない印象の彼女だったが、口角とテンションはどう見ても上がってしまっていた。


「もういい、もういいよ!もう必要なことは分かったよ、クロメル。本当にありがとう。」


クロメルはハッと我に返ったような表情を見せたあと、またやってしまったとでも言うように両手で顔を覆った。


『申し訳ありません。楽しくなってしまいました…』


クロメルが大人しくなったのを見計らって、アルメルが口を開いた。


『さっきの続きなんだけどね?確かにこんなになーんにも知らないなんて、この世界で暮らしてきたとしたらおかしいっていうのはわかるんだけどさ、何でクロメルはケイがこの世界の人間じゃないってすぐわかったの?』


『彼の肩のポケットを見てください。』とクロメルは顔を覆ったまま答えた。


僕の肩のペンホルダーに刺さっている金属製のボールペンを見た途端、アルメルは「ああっ」と大きな声を上げ、二階へと続く木製の階段をタンタンと登って行ってしまった。


数十秒後、滑り降りるような速さで階段を降りて彼女は戻ってきた。


『みて!!』


そう言ってアルメルが差し出したのはかなり古そうな棒状のものだった。


「これは…ボールペン?」


それは片手でベギッとへし折れそうなほどに劣化したプラスチック製のノック式ボールペンだった。


『そう!ボールペン!!』


アルメルは目を爛々と輝かせながら僕の顔を見上げていた。


『やはりそういう名前なのですね。それは私たちの祖父が遺したものです。』とクロメルは言った。


「この世界にもボールペンはあるの?」と僕は訊いてみた。


『一時期、似たような構造の物が売られているのは見たことがありますが、名前も全然別の名前でしたし、それは先端からインクが過剰に漏れ出してしまうような粗悪品で、一般的に普及することはありませんでした。』


『でもあたし達はおじいちゃんがこのペンでスラスラ書き物をしているのを何度も見てるの。今は中のインクがもうなくなっちゃって書けないみたいだけどね…』


『そしておじい様だけは、この不思議なペンのことをボールペンと呼んでいました。』


『ケイのボールペンを見せてもらってもいい?』とアルメル。


「かまわないよ。」と言って僕はアルメルにボールペンを差し出した。


『あれっ。なにこれ。押す場所がないよ?どうやってペン先を出すの?』


「上半分を捻ってごらん。」


アルメルに渡したボールペンはペンの上半分を右に捻ると黒のペン先、左に捻ると赤のペン先になる仕組みのもので、僕が成人した時に両親がプレゼントしてくれたものだった。


『ええっ!すごい、すごいよこれ!ケイ!ねぇねぇ、これで何か書いていい?』


アルメルは子供のようにはしゃぎながら近づいて、そうせがんだ。

不覚にも、なんて可愛いらしいんだと思ってしまった。

どうも僕は女性の上目遣いに弱いらしい。


少し照れて目を逸らしながら「もちろんいいよ。」と返事をした。


横で見ていたクロメルが、すかさず『次は私です。』と言ったので、クスリと笑って僕は頷いた。


こちらの世界には何も持ってくることは出来なかったと思っていたが、まさかこのボールペンがこんなに役に立つなど誰が予想出来よう。

彼女たちがダイアリーを落書きでめちゃくちゃにしてしまっている間に、僕はふと双子の祖父が遺したボールペンに再び目をやった。

そして、僕はあるものを発見し、確信した。

やはりこの子達の祖父は僕と同じ世界の出身だ。


摩耗してしまって見にくくなってしまってはいるが、このボールペンに刻印されているマークは、目の前の双子やこの世界の住人にはせいぜい標識か何かにしか見えないし、何も意味をなさないものだろうが僕にとっては違った。このメーカーロゴはね。


とどのつまり、僕の持ってきたボールペンと彼女たちの祖父が使っていたボールペンは同じメーカーのものだったらしい。


双子がきゃあきゃあ騒いでいるとメルアさんが一仕事終えて、食事にをとるために自分のスープを持ってテーブルに戻ってきて言った。


『あら!それもしかしてボールペンじゃないの?』


『そうなの!ケイが持ってたの!』


『あなたが・・・?』とメルアさんは不思議そうな顔で僕を見た。


双子がボールペンに気を取られている隙に、僕は意を決してメルアさんに訊ねてみることにした。


「スープごちそうさまでした。とっても美味しかったです!」


『そうかい。お粗末様。』とメルアさんは皴だらけの顔でほほ笑んだ。


「メルアさん。ヘンなことをお聞きしますが、ご主人は別の世界から来た、とか言ったりしていませんでしたか?」と小さな声で僕は訊ねた。


メルアさんは目を見開いて、少しの間僕の顔を見つめたまま硬直してしまったが、すぐにまた話し出した。


『ええ、私たち家族にだけはそんなことを言うときもあったわね。確かにボールペンのこともあったけれど、さすがにそれは冗談だと思っていたわ。別にあの人がどこから来た人かなんて、私にとってはそんなに重要なことじゃなかったしねぇ・・・でもなんであなたがそれを?』


これで推察の答え合わせはできた。

僕以外の人間も別世界からここへ来ているかもしれないという事実は、僕にとっては嬉しい誤算だった。


「いえ、ちょっと思うところがありまして。もしよければご主人の名前を教えていただけませんか?」と僕が訊ねると、メルアさんは『ゼーベックよ』と答えてくれた。


僕は点と点が線になったのを感じ「ほほぉ」と声を漏らした。


「これはあくまで推測なのですが、ゼーベックさんはクロメルとアルメルの名付け親ではないですか?」


『なぜそれを・・・』とメルアさんは再び驚いた。


「ゼーベックさんと僕はどうやら同じ世界の出身らしいんです。それで僕には名前の関連性がわかりました。」


『それじゃあ、あの人の言ってたことは本当だったのね・・・不思議な人。』


僕の知るゼーベック氏は遠い昔に死んでしまっている。

あのボールペンはどう見ても彼が生きていた時代のものではないので、本人であることはまずあり得ない。メルアさんのご主人はおそらくこちらに来てから彼の名を語ったのだろう。





工業用に使用されるK熱電対。

クロメルとアルメルという異種金属をつなぎ合わせ、二つの金属に温度差を与えると、その大きさに比例した電力が発生する。

それを温度調節器に入力し、温度制御を行う技術がある。


これらの法則を見つけ出した物理学者の名をトーマス・ゼーベックという。






ゼーベックが見出した熱電対の双子はこの世界に在ってもなお、確かな温度差を保ち、起電力の代わりに僕に生きる力を与えてくれるのだった。



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