3-1 採掘都市エヴァン
『よォ、ねえちゃんたち。こっちで一杯やんねえか?奢るぜ?へへへ。』
酔っ払った男が後ろから肩を掴んで、最後尾を歩くターニャの胸元を覗き込みながら言った。
『お断りだにゃ。』
ターニャはすっぽりとかぶった毛皮のフードを引っ張りながら言った。
「よせよ。」
僕は男の右手を掴んではらい落とした。
『あァ!?なんだお前。』
またそれか、と僕は思った。
常套句なのはわかるがあまりに多様性がない。
もしかすると輩向けのバイブルのようなものがあるのだろうか。
「この子達は興味無いってさ。だから他所へ行ってくれないかな。」
『てめぇには聞いてねえンだよッ!!』
男は大ぶりの右をお見舞しようとしたが、僕は左手でそれを受け流し、短く弱く動電術を使用した。
『いぎぎぎぃいい!!!』
痛みから解放された男は、右手と僕の顔を交互に見るしかなかった。
「苦しいよね。でも、感謝して欲しいね。この子の馬みたいな脚力で蹴られでもしたらその程度の痛みじゃ済まないところだよ。」
男は化け物でも見るような目で僕に一瞥くれたあと、何か口汚く罵るような言葉を吐いてどこかへ消えていった。
『誰が馬だにゃ!』
ターニャは僕の方にじとりと睨みを効かせた。
『ねえ。なんでいつもターニャなのかな・・・。』
その理由はもしかすると単純に双子よりターニャの方が発育がいいからかもしれないとすぐに思い当たったが、それは喉の奥に引っ込めた。
これは酷くデリケートな質問だ。
「な、なんだろうね!多分、なんていうか、チョロそうだからじゃないかな!」
ごめん。ターニャ。
『にゃァ!?チョロいのはお前の方だにゃ!最初会った時はわたしの身体を舐め回すように見てたくせににゃ!!』
頼むからそういう言い方はやめてくれ。ターニャ。
『確かにケイは見てましたね。』
この子から冷静に言われるのが一番堪える。
「まさか暴漢を追い払ったこの状況の終着点が、僕への糾弾だとは思わなかったよ。」
例の施設調査から三ヶ月の時が経っていた。
もちろん僕の負傷した左腕も完治している。
僕達が今拠点にしているのはエヴァンという都市だ。
鉄鉱石や銅、石炭などの鉱物の産地として栄えた採掘都市で、特に鉄鉱石は国内生産量の六十七パーセントを占める。
鉱物資源の重要拠点であるエヴァンは国土の東北に位置し、本来は東西にしか敷かれていないはずの鉄道網が例外的に発着するほどだった。
街を取り囲むように採掘場がいくつも点在し、"露天掘り"と呼ばれるすり鉢状に掘り進んでいくスタイルのものがほとんどで、背の高い建造物から見るその景色は月のクレーターを思わせた。
そんなエヴァンは仕事を求めて国中の採掘夫が集まってくる男の街でもある。
だから先程のような輩に彼女たちが絡まれるのもこれで幾度目かわからない。
『これだから夜に出歩くのは嫌にゃのにゃ。』
「仕方ないだろ。急ぎの仕事なんだからさあ。」
『それにしてもケイはほんとに強くなったよね。アドルに稽古をつけてもらってから見違えるみたい。さっきもかっこよかったよ!』
「あ、え、そう?ありがとう。」
照れと上達の実感がじんわりと僕の胸に広がった。
僕はアドル、いや"師匠"との特訓を思い出していた。
────三ヶ月前────
『いいかァ助手!お前に教えることはたったひとつだけだ!!』
「はい!」
『どんな武器にも基礎になる"型"があるッ!!』
「はい!」
『だがそれは一朝一夕で身につけられるものでは無いッ!!』
「はいっ!!」
『だから教えんッ!!』
「はいっ?」
『これからお前はとにかく俺の攻撃を避けることだけに力を注いでもらう!』
「へぇ・・・」
『とにかく避けろ!避け続ける限りは死なんッ!!』
「でもそれじゃあどうやって脅威を退けるんだ?」
『相手の攻撃を避けたり捌いたりした上で攻撃するわけだァ!まあそれはもう少し後でいい!今はとにかく避けろッ!行くぞ!!』
「はいっ!」
────────────────────
「ボコボコにされたなあ・・・。」
『あそこじゃありませんか?』
クロメルは手に持ったオイルランプを前に突き出して、暗がりの方を指さした。
僕達は市街地を抜け、とある採掘場へと歩いて向かっているところだった。
『うわ~。酷いね、これ。』
採掘した鉱物を運ぶトロッコのレールだった。
金属製のそれは、一日に何度も何度も使用されるため摩耗するスピードが非常に早く、薄く擦り減って破断していた。
「支部からの話だと、補修するだけじゃなくて、いくつかに区分けして錬成し直して欲しいらしい。」
『一部材の質量が大きすぎるために自分たちで修理出来ないという状態も改善して欲しいわけですね。』
「察しが良くて助かるよ。」
僕達はふた月ほど前にこの都市へ拠点を移し、こんな風に錬金術省支部から斡旋される仕事をこなしながら生活を続けている。
調査任務中ということもあり、報酬には常に幾分かの手当てがついていて金銭的にはかなり余裕があった。
当然僕とターニャのお給金もそれに比例して上がった。
ターニャは初任給を一週間で全て飲食に使ってしまって、暫く死んだような目をしていたが。
『よしっ!こんなもんでしょっ!』
アルメルはパンパンと汚れてもいない手をはたいて見せた。
「いやあ、お二人共さすがの腕前です。」
僕、いや僕達は相変わらず現場においては太鼓持ちくらいしか出来ることがなかった。
『にゃんか給料泥棒みたいで嫌だにゃぁ・・・』
『構いませんよ、ターニャ。もともと錬金術を行使する仕事は私達だけで行うのが普通ですから。普段から雑務をこなしてくれるだけで十分に給与に価するだけの働きはしてくれています。』
『そうだといいんだけどにゃぁ。』
ターニャはまだ自分の働きに対して報酬が貰えるということに納得しきれない様子だった。
これまでは自分の働きの対価が生命の保障だったのだから無理もない。
生命は保障されて然るものという生活がまだどこか不思議に思えるのだろう。
『今日はお客さんが来るから早く帰らなきゃねっ!』
『そうでしたね。』
『じゃあ今日はあたしが腕によりをかけてご馳走つくっちゃおっかな~!』
「あぁっ・・・!待って。よかったら僕も一緒に作りたいなあ!」
『ケイも手伝ってくれるの?』
「う、うん。もともと今日は僕が腕を振るおうと思ってたし、二人で作ったらもっと美味しい料理が出来そうだなって!アルメルとなら、そのぉ、すごく楽しそうだし。」
『えへへ・・・照れるなあ。うんっ、じゃあ一緒に作ろっか!』
アルメルは一層ウキウキした様子で僕の服の裾を引っ張って帰路に着くことを促した。
この時、クロメルとターニャから安堵と賞賛の雰囲気が同時に染み出していたのを僕は見逃さなかった。




