2-16 帰投
ターニャの展望もある程度固まり、一安心というところだったが、僕たちの任務はまだ終わったわけではなく、ふたつの司令が追加で与えられていた。
ひとつはあの施設の"崩落"についてだ。
自然に起きたものなのか、人為的に起こされたものなのか。
人の手によるものだとすれば、それは何者か。
痕跡が消えてしまわないうちに調査する必要があった。
そしてもうひとつは調査を終えた後、ターニャをトリストスへ護送することだ。
いくら保護することを約束してくれたとしても、ターニャは錬金術省の関係者でも一部しか知る者がいない"合成獣"そのものでもあるわけだし、有り体に言えば錬金術省サイドもこの目で見ておきたいのだろう。
公式な保護や補助を受ける上では仕方の無いことだ。
クロメルの助手として生活するつもりなのであればいずれにせよ、トリストスへは出向かねばならない。
十日後、トリストス郊外──
『にゃんか拍子抜けだにゃ~。』
ターニャはふかふかのソファでごろごろしながらそうこぼした。
この夜、僕たち四人と一匹はアドルがトリストス郊外に所有する大きな一軒家にお邪魔していた。
一匹というのはもちろん、先日までの旅路で大仕事を担った馬のロイである。
彼とアドルは復路でもその絆を育み、別れを惜しんだアドルは錬金術省に多額の金銭を支払って買い取ったのだという。
「まさかここまでスムーズにいくとはね。」
『よかったねえ、ターニャ。』
『助手としてこれからよろしくお願いしますね、ターニャ。』
『こちらこそよろしく頼むにゃ!』
錬金術省での手続きは驚くほどに早く片付いた。
したことと言えば、簡単な身体検査と面接による質疑応答のみだった。
どうやら、クロメルが身柄引受人になることもその追い風になったようだ。
「それにしてもあの大臣の変わりようには驚いたな。」
『ねー。気持ち悪かったあ・・・。』
『私たちがケイを連れていった時とは大違いでしたね。』
クリウス大臣は前回会った時に比べ、人が変わったように聞き分けがよく、低姿勢だった。
『それで、お前らこれからどうするつもりだァ!?』
その理由はこの男、アドル・メーターが同伴していたからに決まりきっていた。
形式上は錬金術省直轄のエージェントである彼だが、発言権で言えば錬金術省の大臣よりも強いということを思い知らされた。
『それなんだけど、フューラーのことをもっと調べたいとは思ってる。シャールとは別人だったけど、法則無視の件はおんなじだし、絶対何か関連性がある気がするの。』
『ほほォ!それは喜ぶぞ、錬金術省の連中も!』
『それはどういう意味ですか、アドル。』
クロメルが怪訝そうな顔で聞き返した。
『実はお前たち四人には錬金術省から直々に調査任務が出されるところでなァ!!それがそのフューラーとかいう女に関するものだったぞ!』
「こないだみたいな感じか?」
『いや、先日の調査のように短期のものではないなァ!かなり長期の仕事になると思うぞ!』
『なんか深入りしすぎたせいで、すごいこき使われてない?』
アルメルは苦笑いをしながら言った。
『そう思ってなァ!断っておいたぞ!ハッハハハ!』
「へ?」
『俺が間に入ってどうこう言っている間は交渉の余地があると思うが、そうでなくなってしまえばほとんど命令に近い形になるだろうからな。お前たちにはお前たちの生活があるだろうと思って間に入って断っておいた。だが、気が変わったという返事をされるのも錬金術省としては吝かではないと思うぞ。』
アドルはいつもより何倍も静かな声で言った。
『見かけによらず結構気が利くんだにゃぁ・・・気を使いすぎてそんにゃ頭ににゃったのか?』
『ハッハハ!また檻に閉じ込められたいと見えるなァ!』
『ごめんにゃさい。』
『それでその調査任務っていうのはどんなものなの?』
『ずばりフューラーという女を探す任務とも言い換えられるなァ!』
『それなら私たちの方針とは利害が一致していますが、そもそもその女がどこにいるかもわからないのではないですか?』
『そのとおりだ!お前たちは各地の拠点で錬金術省から斡旋される仕事をこなしつつ、情報を集めることになるなァ!』
「なるほどねえ。」
合成獣の存在自体が世間から秘匿されるべきものなのにもかかわらず、僕たちはあろうことか人間をベースに創り出された存在すら知るところとなってしまった。
あまつさえ、その発生源は一人の人間の錬金術だという言質すらも彼らに齎した。
その秘匿性ゆえ、単純に僕たち以外に任命できる人員がいないのだろうと僕は推察した。
ターニャのことは合成獣以上の秘匿事項になっているが、フューラーという女の顔や背格好を見たことがあるのは彼女だけなので、手元に置いておくよりは人探しをさせたほうが良いという判断かもしれない。
「発生源をいち早く特定し人間社会のために利用されなくてはならない、か。ぞっとしない話だ。」
『あのジジイの言葉ですね・・・。合成獣の発生源がはっきりと錬金術によるものだと判明してしまったわけですし、これまで以上に血眼になってそれを探すでしょうね。』
『それとなァ、そのフューラー・ファタックという女、偽名かもしれん!』
『ええっ!?なんでっ?』
『戸籍を調べたが、そんな名前の女はいなかったぞ!』
『すると、どこにいるかもうわからないですし、名前もわからないかもしれない人間の情報をこれから私たちは収集しなければならないのですね。』
「ターニャの目が頼りか・・・」
『任せてほしいにゃ!』
ターニャが僕たちと共にフューラーを追いたいと考える理由は、クロメルの助手だから仕方なくというわけでもなく"主人と再会したい"という願いが根底にあるみたいだった。
『ハッハハ!とにかく進退の判断はお前たちに任せる!』
アドルはそう言ったが、僕たちの意思は既に固まっていた。
「調査の旅かぁ・・・」
僕は部屋を出て、アドル邸の大きな庭先にある小屋でひとりごちた。
否、正確には一人ではなかった。
彼は"どうぞ"とでもいうように僕の前に頭を差し出した。
「お前の相棒は本当にすごいやつだよ。」
ロイの頭を撫でながらしみじみと思った。
僕の言葉など理解しているはずもなかったが、静かに鼻を鳴らす彼はどことなく誇らしげに思えた。
「もしまだ旅が続くならカルンへ帰るのはもっと先になるし、メルアさんのスープもお預けだなあ。ん・・・?考えてみればお前の故郷もカルンか!こんな都会に連れて来られて寂しくないのか?」
ロイは僕に鬣を撫でさせながらゆっくりと瞬きをしているだけだった。
「そうか。賢いだけじゃなくて強いんだな、お前は。」




