2-14 主人
彼女が拷問という言葉に過剰に反応したのは、拷問そのものを体験していたからに他ならなかった。
過去のトラウマが原因なのか、身体が拒否反応を示し、取り乱してしまったターニャだったが十分ほど経つと落ち着きを取り戻し、続きを話してくれた。
つまりそ彼女の言う"ご主人"というのは、ターニャが引き取られた裕福な家庭という名の地獄から彼女を救い出してくれた人だという。
具体的には金銭を支払い、奴隷として彼女を譲り受ける形だったらしいが。
「その人が君をその姿にしたのか?」
『そうだにゃ。ご主人はわたしに安全にゃ場所をくれる代わりに、実験に協力して欲しいって言ったにゃ。実験が成功した時はすごく褒めてくれたにゃぁ。』
そう嬉しそうに語る彼女を見て、僕は悲哀で胸が締め付けられる思いだった。
この子は二度も薄汚れた大人の玩具にされたんだ。
幼い少女からすれば"ご主人"とやらは、いつまで続くかもわからない地獄から救い出してくれた救世主に見えたことだろう。
そしてその救世主の頼みならと、ターニャは実験にも協力したに違いない。
『その"ご主人"の名前を聞いてもいいかな?』
耐えきれなくなったアルメルが訊ねた。
『確か"フューラー・ファタック"だったかにゃぁ。ご主人としか呼ばにゃかったからあまり馴染みがにゃいにゃ。』
『フューラー・ファタック・・・アルメル、聴き覚えはありますか?』
『ううん、全然ない・・・』
アルメルは宛が外れてキョトンとしていた。
『俺もその名前は初めて聞いたなァ!』
『見た目は背が高くて、黒髪の女の人にゃ。』
『しかも女の人!?』
『シャールとは別人のようですね・・・』
「その人がこのデッカイ獣をつくったのか?」
『そうにゃ。にゃんか大量の動物をここに集めて、錬金術で作ってたにゃ。あんにゃことまで出来るにゃんてやっぱり錬金術はすごいにゃ。』
なにか嫌な予感がした。
とてつもなくおぞましい何かの気配を感じてしまった。
そして僕は意を決して、訊ねてみた。
「ターニャ、君が最後にこの施設の外に出たのはいつ?」
『何日前かは忘れたけど、たまに骨を捨てるために出てるにゃ。』
『その骨を観光客が見つけたわけだなァ!』
「最後に町へ行ったのは?」
『もう五年は砂丘の外には出てにゃいにゃ。』
予感は当たってしまった。
ターニャ自身は気づいていない。自分が実質的な監禁状態にあることを。
自分を愛してくれない両親のもとに生まれ、引き取られた家庭では苦汁を舐めるような毎日を送り、あまつさえこんな地下での暮らしを強いられた。
しかし、皮肉なことにこの施設の中だけが彼女の人生においては、唯一その身の安全を保障してくれる場所だったのだ。
こんなに悲しい人生があるだろうか?
外の世界では不幸なことしか経験してこなかったターニャを懐柔するのは容易だっただろうし、自ら外に出ようとしないなら拘束する必要すらない。
さらに話を聞くと、ターニャはキマイラの世話をする飼育係をさせられていようだ。
砂丘にばら撒かれた合成獣の骨はキマイラの餌食になった動物たちのものだということが分かった。
実験する過程で生まれた失敗作を餌として与えていたのだという。
ターニャがこの施設に連れて来られた当初はフューラーもこの施設に入り浸って実験を続けていたらしいが、次第にあまり姿を見せなくなっていった。
前回、食糧補充のためにフューラーが姿を現したのは半年も前のことだったそうだ。
食料が尽きた彼女は実験動物用の飼料で食いつなぎながら、主人から与えられる食糧を待ち続けた。
そしてフューラーの言いつけを守り、ターニャはキマイラの世話も続けていた。
食糧の備蓄が少なくなってからは、口減らしも兼ねて収容されていた合成獣をキマイラの餌として与えてきたらしい。
ここにびっしりと並べられた檻に獣がいなかったのはそのためで、僕たちに差し向けられた鱗犬三匹がその最後の生き残りということだった。
だが、この施設にはターニャ以外の生き物はもういなくなってしまったし、食糧も地下一階の崩落により失われてしまった。
ターニャはここで生きていくことが出来ないと諦めがついたからこそ僕たちにすべてを話してくれたのだろう。
「アドル、この子はこれからどうなるんだ?」
『俺にもわからんなァ!だが、はっきり言ってここよりは上等な暮らしが出来るはずだぞ!!』
『知ってることは何でも話すから、拷問だけは勘弁してほしいにゃ・・・』
ターニャは自分の身を案じるようにそう言った。
『それは俺からも掛け合ってやろう!』
『この話が本当なら、ターニャは被害者でもあるもんね・・・』
『よろしくお願いします、あの大臣ならやりかねませんから。』
こうして僕たちは、なし崩し的にターニャと和解したのだった。
人間の誇りにかけてこの子をこれ以上不幸にする訳にはいかない。
これからターニャは、人間が当然に享受することが許される当たり前の権利をいくつも真新しい体験としてその身に刻むことになるだろう。
その後、ターニャに最低限の拘束を施し、僕達五人は脱出路の足場の上で潮が引くまで気が遠くなるほど長い時間を待つ羽目になった。
しかしながら、施設内でこの道を発見した時が満潮時だったことは不幸中の幸いだ。
もし発見したのが干潮に近ければ足場が浮上するのを待たなければならなかったので、脱出するのに二十時間以上かかってしまっただろう。
僕の負傷した左腕をアドルに診てもらったところ前腕の骨にヒビが入っているようで、ラナマへ戻ったらすぐに手当てが必要だった。
あれだけの衝撃を受けても折れていないというのは我ながらなかなかに骨太だと思った。
痛みに耐えながら待つ数時間は本当に苦痛だった。
やがで脱出路はリアス式海岸の窪地に僕たちを導いた。
そこは小さな洞穴で、潮が満ちると完全に水に沈んでしまう場所だった。
足場がたどり着いたスペースは、足場がどこかへ流されてしまわぬように、石英で出来た柵と扉で塞がれていた。
扉を開け、電子式オイルライターの光を頼りに洞穴の外に出ると、空はもう星で満たされていた。




