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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
二章
32/50

2-11 ベレロフォンの矢

──地下二階






『ケイ、このままこの獣を封じたままにしておけばよいのではないですか?』


「ダメだ。もし例の猫女がこの階に来て、鎖を錬金術で解かれでもしたらいよいよ全滅だ。」


『では、やるのですね。』

クロメルは俯きながら言った。


「うん。クロメル、錬金術で僕の右足にこいつで足枷を作って欲しい。僕の左腕はもう使えない。もしこの鎖を手放してしまうようなことがあれば台無しだ。」


そう言って僕はクロメルが手渡してくれた鎖を返した。


右手には片手半剣(バスタードソード)、右足には鎖のついた足枷といういでたちは、さながら脱獄した囚人のようだった。


僕の姿を首を回しながらじっくりと射竦(いすく)めるキマイラを横目に、大回りに脇腹へ回り込んだ。

キマイラの攻撃範囲はさっき印をつけたあたりを頂点として、左右前足の可動域を含んだ扇状に広がる領域のみだ。

それ以上横に方向転換しようとすると、鎖によって動きが制限される。

つまりキマイラの真横あたりは、前足によって攻撃される恐れはない領域ということになる。


「二人は何かあってもいいように遠くで見ていてほしい。」


そう言って僕は檻がない方の壁へ双子を移動させた。


『ケイ、絶対死なないでね・・・』


「善処するよ。ははは。」


約束はできない、というのが本音だった。


さあ、ここからが最終段階だ。

僕は意を決すると、助走をつけてキマイラの横腹に片手半剣(バスタードソード)を深く突き刺した。

キマイラは猛々しい咆哮を放ちながら、激しく身をよじらせた。


「うっ、くっ、そりゃあ、あばれるよなあ!」




この世界に来て、この能力を知ってから僕は一度も全力で放電したことがなかった。


それは、()()()()()()()()()()()()()にしか行使したことがなかったからだ。



でも今回は違う、()()()()()()()んだ。



僕はエナを全開にし、動電術を使って可能な限り大きな電位差をイメージしながら右手を正極、右足を陰極に変化させた。


バーンと大きな音が鳴った。

足枷と僕の脛の間の空気が絶縁破壊を起こした音だ。

それからジジジジジ・・・と絶え間なく音が鳴り続けた。

まるでアブラゼミが大合唱をしているようだ。

それを機に、キマイラは一切の身動きをやめ、細かく痙攣し始めた。


そうだ、ちょうどこんな感じだった。

高圧電気取扱講習で見せられた事故映像は。

全身の筋肉が収縮し身動きが取れないのだ。


クロメルが渡してくれた鎖はキマイラの足枷と同電位、つまり金属的に接触された状態にある。

僕の右手→剣→キマイラの内臓→キマイラの後ろ足→足枷→鎖→僕の右足、という順序で電流が巡り、僕の元へ戻ってくる。

脇腹に刺さった剣は皮膚を貫いて瑞々(みずみず)しい内臓に直接届いていたはずだし、後ろ足は血で濡れているため皮膚抵抗も少ないという、被災者にしてみれば大変危険な条件だ。


電流が生き物の体内を通過する際にその生き物を死に至らしめるかどうかは、電流の経路によっても大きく左右される。

例えば、人間が何かに手で触れて感電するとき、右手と左手ではリスクが異なる。

左手の場合は、電流が心臓を経由する可能性があるからだ。


片手半剣(バスタードソード)が突き刺さった位置はちょうどキマイラの心臓のあたりで、電流はそこから後ろ足まですべての内臓を貫通するように流れていくはずだ。


思惑通り、超高電流の矢はうねりながら確実にキマイラの心臓を貫いていた。









タンパク質が焦げ付いた嫌な臭いがし始めた頃、僕は力尽きたように剣から手を離し、気を失った。









==============================================











『『ケイ・・・シオタ ケイ。』』


その光は僕の亡き父親の声でそう囁いた。

再び会話する機会があるなどとは思っていなかった。


「まさか死んでしまったんじゃないだろうな?」


『『もう一度教えてあげるよ。君は死んでしまったわけじゃない。』』


このやりとりをするのは僕にとって三ヶ月弱ぶり、二回目だった。


『『ずいぶん苦労してるみたいじゃない。』』


「やかましい。なんのつもりだよ。なんの目的で僕をあの世界へ送ったんだ。答えろ!」


『『ナハハハ!しばらく話さないうちに随分と生意気になったんじゃないか?君は。』』


僕はもう前回のように丁寧な受け答えをやめた。

こいつは全知の存在であるのだから偽りも飾りも無意味だと思ったからだ。


「その父さんの声真似もやめろ。」


『『えーっ。じゃあこっちの方がいいかなっ?』』


僕はその黄色い声を聴いた時、改めてこいつに頭の中をのぞかれていることが、顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「・・・戻せ。前のでいい。」


『『ナハハ!わかりやすいね君は。』』


「いいから質問に答えろよ!」


僕はあの世界に送られてから毎夜のように考えていた。

この全能者(仮)の目的と、その言動の意味を。


『『それは言えないけど、君は私の目的に近づきつつはあるよ。ついさっきその片鱗に触れた、とも付け加えておこうかな。』』


「じゃあこれだけは教えてくれ。その目的っていうのはあんた自身じゃ達成できないことなのか?」


『『ナハハハハ!面白いことを言うね。そんなことってあると思う?私は過程を楽しみたいだけさ。』』


「そうか。」


これでハッキリした。

もう(仮)はいらない。

僕に何かを強いる必要がある時点で、こいつは全能でもなんでもないんじゃないかと思い、便宜上くっ付けておいたがもうその必要はない。


この()()()()はその目的が自分には果たせないから僕にやらせているわけではなかった。


娯楽だ。

所有しているアクアリウムに新たに別の魚を入れて眺めてみたい、こいつにとってはその程度のことなのだろう。

だとすれば傑作な話だ。

僕はこいつを楽しませるために、尾ヒレやら背ビレやらを必死に動かして泳ぎ続けなければならないらしい。

しかしながら、こいつを敵に回すという選択だけはありえない。

何か、死ぬことよりも恐ろしい目に遭いそうだからだ。


『『さて、お喋りはこのあたりにして本題に入ろうか。』』


「本題?」


『『第二の贈り物をあげようと思ってね。いや、第三ということになるのかな。』』


「第三の贈り物・・・」


第一の贈り物は見当がつく。

この電気を扱う力のことだろう。

正直僕としては錬金術が使えた方が有難かったが。


まてよ?と僕は思った。


「ひょっとすると僕を若返らせたのはあんたか?」


『『大正解。そう、それに続く三つめをあげようってことさ。』』


「いらない。」


この全知全能が贈り物と称して与えてくるものは、僕が望むか望まないかに関わらず押し付けられるんだから受け取りたくなんてないと、今明らかになった若返りの件からさっそく学習した僕は思った。


『『まあ君に拒否権はないんだけどね。それじゃあまたね。』』


「おい、まて!!まだ聞きたいことが山ほどある!」


『『あ。ごめんごめん。こうだったね。』』




『『 気をつけて行けよ。』』



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