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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
3/50

1-3 開講


並んで歩く双子に少し離れてついていく形で僕は彼女たちと共に帰路についた。

もっとも、初めて行く場所への道のりを帰路と言えるのかはわからないが。

どちらかと言えば僕にとってこの状態は岐路に立ったというほうがしっくりくるのかも知れなかった。


ここは本当に別の世界なのだと、今朝扉に鍵をかけた僕の帰るべき家はこの世界にはないのだときっぱり諦めるのに十分な状況証拠は示されていた。

そこでこれからの行動指針をはっきりさせるために、双子の後をついてゆく間、今日起きた出来事を整理しておこうと思った。


あの全能者(仮)が言っていた言葉がずっと引っかかっている。

『秩序の楔になる』と言っていた。

あの存在が僕をこの世界へわざわざ移動させた「狙い」のようなものがきっとあるはずだ。

その狙いを遂行すれば、もしかしたら元の世界へ戻れるのかもしれない、というのは楽観がすぎるだろうか。

それから《エナ》がどうとか言ったりもしていたな。


とにかく、ここからは第一条件としてこの世界で生活する術を身につけなければならない。

それがあった上で、元の世界へ戻る方法を探すべきだ。

色々考えはしたものの、あまり具体的な方策は思い浮かばない。

あまりに情報が少なすぎる。

この世界のことを知らなさ過ぎるのだ。

僕が考えるのをやめて「腹が減ったなあ」などと思っている頃には彼女たちが住む町が目前に迫ってきていた。


『もうすぐ着くからね!』


少し離れたところを歩く僕にアルメルが大きめの声で言った。

それに僕はハンドシグナルで応え、俯きながら歩みを進めた。

僕の視界に入る街中の地面はアスファルトではなく、柔らかい土の上にグレーを基調とした黒い斑模様の薄い石材を敷いたような、いわゆる石畳に近い見た目をしていた。




しばらく歩いて行くと彼女たちは、例の石畳と同じ材質でできた7,8メートルの高さを持つ四角柱型の建物の前で足を止めた。

先ほどまで足元で踏みしめていた時は気が付かなかったが、こうしてまとまった大きさのものを近くで目の当たりにしたため、墓石と同じ材質の石だと気がついた。

そして彼女たちは、その形までそっくりな大きな墓石の入口へ僕を案内した。


「ここは?」と僕が尋ねると『あたしたちの家だよ!』とアルメルが元気よく言った。


彼女たちの家の形状には驚いたが、隣接するほかの家屋を見ても同じような形をしているので、この世界ではこれが一般的な建築様式なのだと思うほかなかった。

よくよく見ると墓石のように一枚の岩なのではなくて、小さな石材をいくつもパッチワークのように繋げて作られていた。


僕が家屋を見上げながら口をあんぐり開けているとき、横にいたクロメルが難しそうな表情をして僕の方をジッと見つめているのに気が付いた。


「どうかした?」


『えっ、あっ、なんでもありません・・・とにかく中へ入ってください。お茶でもお出ししますので。』


おや?と思ったが、声をかけるまでは僕の作業着を熱心に見ていたようだったので、材質や構造が気になったんだろうと推察して特に気にかけはしなかった。


「そうさせてもらうね。」


そう言って先に家の中へ入っていったアルメルの後に続いた。

家の中に入ると、外観から想像できるような石に囲まれた部屋があり、オイルランプに暖かな光が灯っていて、一人の年老いた女性がアルメルと話しながら台所でなにかこしらえている最中だった。


彼女はメルアという名前で、双子たちの祖母だった。

メルアさんは突然押しかけてきた男に対して嫌な顔一つせずにもてなしてくれた。


家屋と同じ材質でできているであろう立派な楕円形のテーブルには麻で編んだテーブルクロスがかけられていて、使い古された木製の椅子が四脚備え付けられていた。


『よく来たねえ、お腹がすいてるでしょう。座って待っていてちょうだい。』


メルアさんはそう言って、三人分の紅茶を出してくれた。


「突然お尋ねしてしまってすみません。ありがとうございます。」


『いいのよ。この子たちが男の子を連れてくることなんて今までになかったんだから。』


そう言ってメルアさんはにっこりした顔で双子のほうを一瞥すると、また台所の方へ戻っていった。

双子はというと、ちょっと照れたような顔を並べて何も言わなかった。

僕は言われた通り木製の椅子の一つに腰を下ろした。

森からこの家まではクロメルとアルメルが徒歩で往復していることからもわかるように、長い距離を歩かなければならないわけではなかったが、精神的な疲弊も相まって疲れが急にどっと出たような気がした。


メルアさんの手料理が出来上がるのを待つ間、少しの沈黙ののちにクロメルが口を開いた。


『ケイさんはどこから来たんですか?』


「ケイでいいよ。」


アルメルに言ってもらえたように、僕もそう言うことにした。


「絶対に信じてもらえないと思うけど、僕は別の世界からここに迷い込んだみたいなんだ。」


それを聞いたアルメルは怪訝そうな顔をしたが、クロメルはそうではなかった。

彼女だけは僕の言い分を聞いて、間髪を入れずにこう返してきた。


『信じます!』


アルメルは「えっ」という表情でクロメルの顔を見た。

クロメルが真っすぐに僕を見据えるその瞳は初めて会った時の懐疑に満ちたものではもうなかった。


『ねえ、どうし…』

『さあさあ、できましたよ。お食べになって!』


アルメルが何か言いかけたが、タイミング悪く料理を運んできたメルアさんにさえぎられてしまった。

確かにどんな心境の変化があったか興味があったが、今一番優先すべきものは目の前に運ばれてきてしまった。

メルアさんは食事を配膳すると、後片付けのために台所に戻って行った。


「僕からもたくさん聞きたいことがある。でもこんな美味しそうな料理を目の前に話し込むのは勿体ないし、とりあえず食べない?」


腹を満たすことしか考えられないケモノのような目で料理を見つめながら言った。


『うん、食べてからにしよっか。』とアルメルは目を細めて微笑んだ。


僕達は四人で食卓を囲んだ。

メルアさんが作ってくれた料理はジャガイモとニンジン、それに独特の臭みがある肉を煮込んだスープだった。多分この肉は羊だろう。

僕の持ち合わせている食文化と摩擦はほとんどないようで、少しほっとした。


『ところでキミは何級術士?』とスープを食べながらアルメルが僕に訊ねた。


「何級?多分僕は何の術士でもないと思うけど」


『別にあたしたちは術士の等級で差別したりはしないよ?』


アルメルが心配そうな眼差しで僕の顔を見た。


『この国には1~5級に区分けされた錬金術師等級が国民全員に割り付けられています。老若男女すべてにです。』とクロメル。


『ちょっとクロメル、流石にそんなことはこの子もわかってるでしょっ。』


『いいえ。わかってないと思います。』


呆けた顔で二人のやり取りを聞きながら口を動かしていた僕に、双子の視線が向けられたので、口の中のジャガイモを予定より早く飲み込んで答えた。


「わかってないと思います。」


『うっそぉ・・・』


「錬金術っていうのはどんなものなのか訊いてもいい?僕の世界にも錬金術と呼ばれるものの歴史はあったけど、そんな技術は近代社会には役に立つようなものじゃなくてとっくに廃れて残っていなかったよ。」


『錬金術というのは・・・』というクロメルの切り口を耳にしたアルメルがとっさに口を挟んだ。


『あっ。待って。みんなでスープを食べてからにしよっ。冷めちゃうからね~』


それもそうだ。

僕達は腹が減っていたこともあり、ペロリとスープを平らげた。

温かいスープを飲み下し、空腹も満たされ、この世界に来てからようやく安らぎを得た瞬間だった。



それからやっと、クロメル先生の錬金術講座が開講された。


彼女は実に淡々と錬金術のことについて受講生である僕に説明してくれた。

たまに質問するとクロメル先生は、わかるまで丁寧に教えてくれた。

アルメルはというと『そのとおり!』とか『ここ重要だよぉー』とか『そこに気がつくとは、さては天才だな?』とか適当な合いの手をいれているだけだった。


その講義で次のようなことが分かった。


・錬金術とは、術士の《エナ》を消費して、物質の分解と再構築をする技術であること。

・この世界に産まれてくる子供はある時代を境に、生まれつき《エナ》を内包するようになったこと。

・錬金術は《エナ》を持たないものにしか作用しないこと。

・錬金術で命を創りだそうとしてはいけない、またそれは不可能だということ。

・一度に錬金術の影響を及ぼせる限度の質量が人それぞれにあり、それを限界錬成質量と呼ぶこと。

・限界錬成質量の多寡によって政府から術士等級が割り付けられること。

・政府が敷いた安全衛生錬金法によって、錬金術の行使を管理、制限されていること。




あの真っ黒な部屋で、全能者(仮)は僕に《エナ》を与えると確かに言った。

それを扱う種族が住む世界だとも。

という事は僕はこの世界において、錬金術を習得したということなのだろうか?



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