2-7 前門の猫
標本の保管室を出た僕達はエントランスに戻り、別の部屋を調査することにした。
『ねえ。その子ずっとケイについてきてるけどいいの?』
『大丈夫だよ。こちらからなにかしない限りはね。』
『ハッハハ!!それにしても驚いたぞ!!本当に生きている合成獣に会えるとはなァ!!』
アドルは最後尾を歩くケイの方をちらと見ながら言った。
先程撫でた一匹は、僕のことが気になるのか部屋を出てからも、ずっと後をついてきていた。
この犬も僕たちと同じように、どこか初めて来た場所を歩き回っているように足取りが頼りなく思えた。
しかし、彼との散歩は意外にもすぐ終わりを迎えた。
僕達が対面する部屋へ向かう途中、その鱗犬は僕達を追い抜き、部屋へ飛び込んで行ったのだ。
『むっ!!何かあるのもしれんぞ!!』
アドルが促すとおり、僕達は警戒しながらその部屋へと入っていった。
「これは・・・飼料か?」
壁からせり出した棚には様々な種類の動物の餌が布袋に詰められて陳列されていた。
鱗犬はその匂いを嗅ぎつけたらしかった。
そのうちのひとつを食い破り、鱗犬二匹がその中身をむしゃむしゃと食べている最中だった。
『あれ。増えた?』
『いえ、もう一匹は保管室を最初に飛び出して行った犬でしょう。』
『あ~。そゆことかあ。』
『ほゥ!!面白いものがあるぞ!!』
アドルは棚のうちのひとつから酷く乾燥した赤茶色い塊のようなものを手に取って僕たちに見せた。
「それはなに?」
そのキューブ状の物体を見て僕は訊ねた。
『合成獣だァ!!』
「は!?」
クロメルはアドルの手からその赤茶色い塊を手に取り、少しの間考えを巡らせている様子だった。
『なるほど・・・!確かにこれは広義の上では合成獣と言えるかもしれません。』
『どゆこと?』
『アルメル。あなたはいくつもの木の枝を集めて、錬金術で一本の大きな丸太に変えることはできますか?』
『それは無理だよお!だって枝にはまだ微量のエナが残ってて・・・えっ。もしかしてその塊って!』
『ええ。これは動物の肉です。アルメルが今言ったように生命あるものの亡骸は微量のエナを含むので、錬金術の材料にはなり得ません。ところがこの肉は立方体に綺麗にまとめられて腐敗もせずに保存されています。』
「・・・あ!!もしかして水分だけを抜いたのか!?」
現代では"フリーズドライ"という製法で食品から水分を抜くことができる。
この製法は水分を抜き取る過程で、零度を遥かに下回る超低温と真空状態を得る必要があるが、当然この世界にそんな技術や設備は望むべくもなかった。
『ええ。私はそう考えています。この多孔質な形状を見るに実際使う時は水で戻すのでしょうが、これだけ組織を保ったまま乾燥させる技術は聞いたことがありません。それに色を見ると、恐らくこの肉塊はひとつの動物から作られたものではなく色々な動物のものが混ぜられています。』
相変わらずクロメルの慧眼と頭の回転には舌を巻くものがあるが、これらのことをすぐに思い当たったアドルは見かけによらず相当な切れ者らしかった。
「なるほど。死後に合成獣にされたってことか。」
『あるいは、合成獣の亡骸から造られた可能性もあります。』
『飼料なんて形で見つかっちゃったら、もう自然発生したって線はありえないよね・・・』
その後も僕達はエントランスに連なる部屋を調査したところ、この空間にはエントランスを除くと四つの部屋がある事がわかった。
ひとつは標本を保管しておく部屋。
ひとつは飼料を置いておく部屋。
そして、それに続く残りの二つの部屋は明らかに人間が生活している証拠となるものだった。
それは寝室である。
二部屋とも簡素なベッドと小さな机がひとつずつあるだけの部屋で、一方の部屋は整えられたままのベッドに埃が被っていたが、もう一方はベッドが乱れていて埃もない。
明らかに誰かが住んでいる生活感が感じられた。
『とりあえず一通りは見て回れたね!』
『そうですね。ここからはもうこれ以上得られる情報はないでしょう。』
『じゃあ行くとするかァ!!』
「行こう、下に。」
僕達は四つの部屋を検分するにあたって何度もエントランスを行き来していたわけだが、その時に四人ともその手段を見つけていた。
それはこの施設の入口の対面、つまり突き当たりに位置していて、三メートルくらいの幅がある立派な階段だ。
『にゃあん。』
階段へ向かおうとした僕たちだったが、唐突に今この施設内にいる五人目の人間の声を聞かされた。
それは女の声だった。
『だれっ!?』
『このところお客さんが多くて退屈しにゃいにゃあ。』
薄暗い階段から姿を現した彼女は、ついに天井の水晶から降り注ぐ陽光をその身に浴びた。
艶のある褐色の肌、内巻きの紅いミディアムヘア、ホットパンツからスラリと伸びた長い脚が印象的な女の子だった。
『そこの可愛いお兄さん。ジーッと見ちゃって、そんにゃにわたしの脚が気になるかにゃ?』
彼女は指の腹で太ももをなぞりながら、扇情的な声色でケイに向かって言った。
「あ、いや。違います。」
社会人特有の保身的条件反射で僕はそう返した。
双子が汚らしいものを見るような目で僕を見ているのがわかり、弁解をしようかとも思ったがその時は驚くのに忙しくてそれどころではなかった。
確かに彼女の太もものあたりを見ていたことだけは認めよう。
だが僕が見ていたのはその美脚の向こう側にあるものだ。
にょろにょろと遊ぶように動いていたそれは、どう見ても猫の尻尾だった。
その尻尾に生えている柔らかそうな毛は、ご丁寧に彼女の髪色と全く同じだったし、頭の鉢周りにはピョコピョコと機敏に動いて音をとらえようとする三角の耳が備わっていた。
『ハッハハ!そう来るかァ!!』
『ケイって、ああいう子が好きなわけ?』
これ以上ないくらいに軽蔑した表情でアルメルは言った。
「いやいや、まてよ!君らはなんでそんな冷静なの!?」
僕以外の三人があまり驚いていないことに驚いた。
まるであらかじめ想定していたかのような反応だった。
『熊と馬が合成された獣も、人間と猫が合成された獣も同じことです。人間だって動物の枠の中にいますから。つまり、ケイがその動物的本能で彼女の脚を舐めまわすように見るしかなかったとしてもそれはとても自然なことなんですよ。』
鼻から乾いた音を出しながら彼女は言った。
「言ってることと態度が矛盾してるだろ!!」
この双子はエモーショナルな一面とロジカルな一面を兼ね備えているから始末が悪い。
どうやらこの猫耳の少女から事情聴取をして、施設の正体を聞き出す必要があるな、と僕は思っていた。
しかし、先行した調査員たちも同じ事を考えたであろうに、それが出来ずに帰ってこなかったということをすっかり失念していた。




