2-6 番犬
『アルメル、どういうことですか?説明してください。』
保管室を検分している時にポツリとつぶやいたアルメルの言葉に彼女はそう訊きかえした。
自分の脳裏に去来したものと、恐る恐るすり合わせるように。
『あたしは、合成獣とシャールはつながりがあると思う。』
『なぜですか?』
『シャールがあたしたちの同級生にしたこと覚えてる?』
『忘れるわけありません。私たちの目の前で、錬金術を使って彼らを・・・』
グラウス村でアルメルの話を聞いた限りでは、シャール・タフルという少年は錬金術を使って彼女の同級生と両親を含む十七人をバラバラに解体して殺し、その日から今に至るまで行方が分からなくなっているらしかった。
『そう。ホントは錬金術を生き物に使うことなんてできないはずだけど、シャールがそれをするのをあたしたちは確かに見たでしょ?それ自体があり得ないことだけど"分解"が出来るなら"構築"だって出来ると思わない?』
『"合成獣はシャールが作り出している" 実は私もグラウス村を訪れてから何度もその可能性は考えていました。でもそれは錬金術の法則から著しく逸脱していて説明がつきません。』
『どうやっているのかはわからないけど、あたしは法則を無視して錬金術が使われたのはその一回しか見てないし、シャールの仕業だって考えても仕方ないでしょっ?』
『そのシャールという少年に関する情報は錬金術省でも特級秘匿事項扱いになっているなァ!!』
アドルは世間に公表された表向きのものではなく、真相を知っている口ぶりだった。
僕にも興味があった。
クロメルに嫌というほど叩き込まれた錬金術の知識の上では、エナを持つものに対しては錬金術を使えないということは、この世界の大前提であり覆しようのない秩序として頭に刷り込まれていた。
シャールという男はこの法則を排して錬金術を使えるということになる。
つまり、錬金術の及ぼす"分解"と"構築"を、エナを持つものに対しても行うことができるはずだ。
鉄と少量の炭素を使って鋼という合金をつくるのと何の違いもなく、異なる生き物同士を使って合成獣をつくるに違いなかった。
ただし『アルメルの想像が正しいのなら』という枕詞がつくが。
決着がつきそうにない議論を双子が始めようとしていたので、僕は「まあ、とにかく」と切り出した。
「この研究施設をもっと調べれば、もしかしたら何かわかるかもな。それに僕たちの仕事には人命救助も含まれているんじゃなかったか?」
『はっ。出られなくなった人たちを助けないとだった!』
『そうでした。任務中だということを失念していました・・・』
『そうだぞォ!!まだまだ調査は始まったばかりだからなァ!!』
全員の同意が得られたところで、僕たちは気を取り直して調査を再開・・・することは出来なかった。
『むっ!!何か来るぞッ!!』
冷たい石英の床をカリカリと音を立てて何かが走ってくる音が微かに聴こえる。
僕はこれに近い音を聴いたことがあった。
皿に餌が入った音を聴きつけて、実家の犬が爪を滑らせながら、フローリングの上を走ってくる音だ。
「みんな下がって!!」
僕は鞄の中から水筒を取り出して、中に入った水を部屋の入口にぶちまけた。
ほどなくして、いきり立った三匹の犬が部屋に飛び込んできた。
ただし、僕が知っている犬の姿ではなかった。
先ほど知ったばかりの生き物ではあったかもしれないが。
それはこの部屋の合成獣標本のうちのひとつと全く同じ生き物で、体毛の代わりにセンザンコウのような硬い鱗に覆われていた。
僕は左腕に装着している円盤状の箱から顔を出している持ち手つきのワイヤーを、右手人差し指にひっかけて手前に引き、それを弓のように引き絞って放った。
箱の射出口から二本の銅線付き電極針が勢いよく飛び出し、犬たちの足元に突き刺さると、一瞬犬たちは動きを止めてその場にばたりと倒れこんだ。
『なんだァ!?助手う!!何をした!!』
「僕は錬金術は全く使えないかわりに、冬場にパチッとくるあの電気のさらに強力なやつを身体から出せるんです。」
とっさに予備知識がないアドルにもわかるように僕は説明した。
これは僕の元居た世界で言うところの"テーザー銃"と呼ばれるものだ。
アメリカ合衆国の警官が使用している、低致死性の銃である。
トリガーを引くと二本の銅線がつながった電極針が飛び出し、命中した相手の皮膚に突き刺さって、引き金を引いているあいだ電流が流れるという代物だ。
これを自分用にアレンジし、二センチほどの厚みの平たい金属製箱の中に銅線や電極針、ゼンマイ式の巻き取り機構や発射機構などを収め、腕に装着できるベルトを備えたものを双子に作ってもらった。
左手にベルトを装着し、使用しないときは甲側に箱を置いておく。
使用するとなればベルトの上のラチェットを滑らせて、箱を掌側へ持ってくる。
そして手前側にある持ち手を弓のように右手で引き絞って、放すと電極針が前方へ飛び出る仕組みだ。
箱からはふたつのリード線付きリングが出ていて、それを左手の人差し指と小指にはめておき、それぞれを陽極、陰極として動電術を使用することで、相手に突き刺さった電極針に電圧を印加できる。
残念ながら装填数は一発で、一度使うと箱の中にそれらを巻き取って収める時間が必要になる。
今回は床にぶちまけた水を媒介に三匹同時に感電させることに成功したというわけだ。
『ケイ~!ばっちりじゃん!!』
『効果覿面ですね・・・』
双子は自分たちが創った武器が実用に至ってとても満足そうだった。
『待てッ!!構えろッ!!』
なんと三匹の鱗犬は気を失っておらず、これから身を起こそうとするところだった。
僕たちは上官の号令で身構えはしたが、犬たちは予想外の行動をとった。
一匹は起きるなり怯えた様子で反対方向に走り去っていったし、一匹は狼狽えた様子で部屋をウロウロし始めた。
そして、驚いたことにもう一匹は尻尾を左右に振りながら僕に向かって駆け寄ってきたのだ。
「おぉ?よしよし・・・」
冷たい鱗で覆われた背を撫でると、その犬は気持ちよさそうに目を閉じていた。
こんな時に言うのもどうかと思うが、僕は生粋の犬派だ。
この鱗犬たちが現れた時も愛犬の顔がチラついて、つい電圧を弱めてしまった。
今、千切れんばかりに尻尾を振りながら無邪気な顔で膝に縋りついているこいつが、もし芝居を打っているとしても許してしまうくらいには犬が好きだ。
『かわいい~っ!でもなんで?』
『先ほどまで明らかにこちらに敵意を向けていましたが、どうしたのでしょう?』
「よくわからないけど、この子をここに差し向けたやつに用ができたことは確かだね。」
察するにこの子たちはこの施設の番犬と言ったところなのだろう。
何者かに使役されていなければあのような統率のとれた動きをするはずがない。
そして、今この施設にはこの犬たちの主人がいるということを強く意識せざるをえなかった。




