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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
18/50

1-18 エレクトリック・イール

トリストスへ来て二日目の朝早く、僕たち三人は仕事をする建築現場へ入った。


この世界における建造物は、石材を原材料としてそれぞれを"組木"のようにつなぎ合わせていく製法だった。

しかし石材だけ組み上げた構造だとどうしても剛性に欠けてしまい、地震などの水平方向の力によって簡単に倒壊してしまう。

それを防ぐには堅牢な骨組みとして、縦に走る金属製の支柱と、それらを結ぶ鉄骨をいくつも結合させ"トラス構造"とする必要があり、船舶で言えば"竜骨"にあたる部分である。

そこで双子の出番だ。

彼女たちはあらかじめ依頼書に添付されていた設計図に基づいて部材の錬成に取り掛かった。


『クロメル、準備はいい?』


『ええ。十全にできています。』


双子は互いに片手をつないで、目を閉じて集中を始めた。

すると二人の身体がぼんやりと青白い光を帯び始めた。

手をつないだまま、クロメルは左手、アルメルは右手をひとまとめになった鋼材に向かって突き出した。

その掌が強い光を放つと、まとめられた鋼材のいくつかが分解され、一際い大きい部材がひとつ生成された。


『おぉ~』と現場の大工たちからどよめきの声が上がった。


『いやぁ。こりゃあ、いいもん見たわ!』と大工の一人が声を漏らした。


「すげぇ・・・」

前夜に説明を受けていた僕ですら開いた口がふさがらなかった。





巡環(じゅんかん)錬金術》

それはこの双子だけに許された特権だった。

互いの身体に触れた状態で、錬金術の源となるエナを結合させて巡環させる。

巡環によって活性化されたエナの器から、普段の数倍にも及ぶエナ容量と限界錬成質量を得られる。

まさに1+1が3にも4にもなる素晴らしい技術。

エナの波長が全く同じ一卵性双生児だからこそ可能な御業だった。


建築物に使用される金属や石材ともなると、その質量は到底一度で錬成できるものではない。

複数の部材を組み合わせて作られることになる。

しかし、一般的な術士の限界錬成質量では部材の数が多くなり、その分剛性が失われてしまう。

ただでさえ普通より数段多い限界錬成質量を誇るこの双子が、巡環錬金術により錬成をおこなうことで、部材の数は何分の一にも削減できるのだ。



双子は午前中のうちにいくつかの部材を錬成して、一足先に休憩していた。


『ぶぇ~。疲れたあ・・・』

アルメルは眉毛をハの字にしながらうなだれた。


『久しぶりでしたしね・・・』


さしものクロメルも凛とはしていられないほどの疲労感を覚えている様子だ。

巡環錬金術は一度に高質量の錬成が可能になるが、身体からエナを前借りしているようなものであり、身体にかかる負担は存外に大きかった。


一方、僕の方はというと・・・


『おーい!ニイチャン!こっちに工具箱持ってきてくれ!』


「はいっ!」


『ニイチャン、そこの荷車を親方のところに持ってってやって!』


「はいぃっ!!」



相変わらず雑用専門の男だった。




『あはは。ケイ、すごい働くね・・・ちょっと無理しすぎじゃないかなあ?』


『錬金術が使えないので、自分からやれることを探してやってくれているのでしょうね・・・』


『あたしたちもエナが回復したら頑張らなきゃね!』


『そうですね、着工が遅れてしまったこともありますし・・・』



それからほどなくして昼休みに入り、作業者全員が休憩に入った。


『ニイチャンよお!!おめえ、うちで働くか?』

親方が僕に水の入ったコップを手渡しながら言った。


「い、いえ、僕みたいな軟弱者には務まりませんよ・・・」

仰向けになっていた身体を起こし、水を受け取りながらそう答えた。


『まあこんな可愛いお嬢ちゃんたちに雇われてるんじゃ、引き抜きも無理な話か!ガハハハハ!!』

そう言って親方は豪快に笑った。



突然、ボコッと鈍い音がした。

親方の笑い声はそこで途切れ、僕の方へ大きな身体ごと倒れこんできた。


『えっ?えっ?親方?』


僕は親方に何度か語りかけた後、前を向くと事態を察した。

この現場の作業員のひとりである背の高い男が玄能(げんのう)(大工や石工が使う金槌)で親方を殴りつけたのだ。


『アランてめえなにしたかわかってんのか!!』

周りで休憩していた作業員の一人が叫んだ。


彼は焦点が定まっておらず、ふらふらとゆっくり僕の方へ歩み寄ってきていたところを作業員数名に羽交い絞めにされて動きを止めた。


『あ゛あぁ!!』

とうなり声をあげると、信じられない力で抑えていた数人を振り払い僕の方へ向かってきた。


『ケイ!にげて!!』アルメルは叫んだ。


別の場所で休んでいたクロメルとアルメルが、アランの足元にある石材を錬金術で脚に巻き付けて行動を封じようとしていた。

しかし錬金術は発動していない様子だった。


『エナが足りません!!』


彼女たちは巡環錬金術を繰り返し行使したことで一時的にエナが枯渇してしまっていた。


依然としてアランは僕に向かってじりじりと近づいてくる。

こいつがしようとしていることだけは明確だ。

考えろ。考えろ。考えろ。

なんでこの男はこんなことを?なぜ標的が僕なんだ?何が目的だ?


いや、違う。

今考えるべきことはそんなことじゃない。


『あ゛ぁ!!』

アランは腰を下ろしたままの僕に向かって玄能を投げつけてきた。

幸いなことに玄能は僕の脇をかすめ、もたれかかっていた煉瓦の塀にぶつかった。

煉瓦の塀は大きな音を立てて崩れてしまった。


僕は思った。

逃げなくては、こいつから離れなくては。

とっさに横に這いだしながら立ち上がると、()()()はゆっくりと僕の方へ追従してきた。


「こっちだ!!!」

僕は走りながら、彼を自分に引き付けるように誘導した。


煉瓦の塀の壊れ方、あんなものは人間の力ではない。

あの力で殴りつけられたらきっとどんな生き物だってひとたまりもない。

親方は無事だろうか。

だが僕が今最も憂慮すべきは、エナが欠乏している双子の安全だ。

そして、なぜだかこいつは僕を狙っている。

とにかくここから遠ざける、遠ざけた上でどうするか考えよう。


思った通り、アランは僕を追いかけてきた。

そこまでは思った通りの展開だったのだが、想像していたものと違ったのはその速さである。

先ほどまでのじりじりと歩み寄るようなスピードではなく、スプリンターのようにしなやかな走りだった。


『うそだろっ・・・?』

僕は後ろを見ながら、みるみる追いすがってくるアランに対して強い恐怖を覚えた。

まだ建築現場の敷地から脱出すらできていなかった。


その時、自分の身体がふわりと宙に浮くのを感じた。

僕は追ってくる彼に気を取られて足元の瓦礫に躓いてしまっていた。

必死に受け身をとろうと思ったが、運悪くその先は生活排水が流れる用水路で、僕はそこへの落下を余儀なくされた。


腰ほどの深さの用水路の水面からプハッと顔を上げると、アランはもう眼前に迫っていた。


「水か。これだけはやりたくなかったけど…」


僕はエナを絞り出して両腕にその力を現出させた。


「来い、我慢比べだ!!」


アランが用水路に飛び込んできたのを見計らって、僕は両腕を水面下へ突っ込んだ。

水面をバチバチと電撃が走り、けたたましい音があたりに響いた。


『あ゛あ゛っ!!!』


アランは短く声を上げて硬直し、その後水面にバシャリと倒れ込んだ。

用水路の水面に大量の小魚がプカプカと浮き上がった。




人体が感電する場合に、その危険度を量る上で重要な要素が三つある。


ひとつめは流入と流出。

電流というのは入る場所と出ていく場所がなければ全く流れないのだ。

電線に留まっている雀が感電しないのと同じだ。


ふたつめは電圧。

例えば、家庭用コンセントは100ボルトなので触れてしまってもまず死ぬことはない。

僕自身もこれに触れてしまったことは仕事柄何度もある。

しかし、ある条件を満たすと小さな電圧でも死に至ることがある。


それが人体抵抗だ。

これは人体そのものが持つ、電流をどれだけ通しにくいかの数値だ。

人体の70%は電気をよく通す水分でできているので、人体抵抗のほとんどは皮膚上の抵抗が占めている。

この皮膚抵抗は、水に少し濡れただけで二十分の一以下になってしまう。

それどころか、アランはこの水に完全に浸かった状態で僕の電撃を受けたのだ。

下半身のいたるところから流入と流出が繰り返され、一瞬のうちに強い電流が身体中を巡ったはずだ。




我慢比べとは言ったが、驚いたことに僕の身体は全く電流の影響を受けていなかった。

電気ウナギや電気ナマズは自分自身が感電することのないように絶縁体となる厚い脂肪で身体を覆っていると聞いたことがあるが、僕の身体にそんなものはないのに。


全く不可思議ではあったが、この狂人に僕は勝利したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地球における電気の性質に近いのであれば、陽極から陰極に向けて電気が流れますね。いずれかの電極に近い方がダメージは大きくなると思われます。 デンキウナギだと体長全体の8割ほどが尻尾であり、発電…
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