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電気オタクと錬金術  作者: 御手洗 千加志
一章
16/50

1-16 失言


執務室に怒号が響き渡った。


『今言ったことを取り消せ!!ケイを……ケイのことをばかにするなぁっ!!』


アルメルは男に向かってそう激高した。

彼女は湧き上がる怒りで、ふうふうと息を荒らげていた。


「アルメル!僕は大丈夫だ、別に気にしてないよ。だからとにかく落ち着いて…」と僕はアルメルを必死になだめた。


『そのとおりです…』とクロメルも静かに口を開いた。


「ほら、クロメルもそう言ってるじゃ──」


『今の言葉は聞き捨てなりません。今すぐ訂正して下さい。』


おいおい。君もか。


三人でどう受け答えするか、しっかりシュミレーションをしたのに、なんでこんなことになってしまうんだ。

ここまでの成り行きを思い出しながら僕は逡巡した。










───1時間前───




僕達はホテルから歩いてそう遠くはない、錬金術省の本部へと早足で向かっていた。


『恐らく私たちだけでなく、ケイも重要参考人としていくつも質問を受けるでしょう。ですが、ケイの動電術のことは黙っておいた方がよいと思います。』


『あたしも賛成!』


「なんでだ?言っちゃった方が色々と君らの役に立てるように、はからってくれたりするんじゃないのか?」


『確かにそういう考え方もあるのかもしれません。ですが今の錬金術省はそんな生ぬるいやり方はしないと断言出来ます。まず間違いなく拷問を受けるでしょう。』


「拷問!?拷問って叩かれたり吊るされたりするあれか?」

全く穏やかではない単語に僕は身の危険を感じた。


『その拷問であってるよ。今の錬金術省のトップがほんとに聞き分けのないジジイでね。』とアルメルは眉間に皺を寄せた。


「いやいや、ジジイって…」僕は苦笑いした。


『そのジジイなんですが──』


「ちょっとォ!?クロメルまで…」


『ジジイはジジイです。』と彼女は吐き捨てた。


通行人の何人かが、こちらを振り返っていた。


『彼は各省庁の中でも指折りのタカ派で、何かと黒い噂が絶えない男です。裏では人体実験に近いことをしているのではないかとも囁かれています。』


「なんでそんな奴が錬金術省のトップにいるんだよ…風通し悪すぎるだろ…」


『あたし達もそのジジイの立場上、試験とかで何度も会話を交わしたことがあるんだけど、むかつかなかったことが無いくらいだよ。』


ああ、そういう権力を持った嫌な奴というのはどこの世界にもいるんだなあと僕は思った。

権力を持ったからそんな風に堕落してしまったのか、狡猾で排他的だったからこそ権力を掴み取れたのか。

その因果関係の順序は本人にしかわからない。


『そういうわけですから、ケイには記憶喪失者の振りをしてもらいます。言い訳としては非常に苦しいですが、もしあなたの本名から身元を調べられてしまった時に、全く情報が出てこないというのは、あまりにも不自然なので、名前はおばあ様が名付けたということにしましょう。』


『ケイ・クロシル。いいじゃん!似合う似合う。』

アルメルは呑気にそう言った。


「じゃあ僕は、記憶が無い状態で例の森にいて、幸運にも君らと出会って、ご厚意でクロシル家に身を置かせてもらえることになり、名前が無いと不便なので君たちの祖母からケイと名付けてもらったという筋書きでいいんだな?」



僕は半分ヤケクソだった。

元々この世界には縁もゆかりも無いのだから、名前が変わったくらいのことで何か不都合が生じるわけがないことを薄々わかっていた。


『飲み込みが早いですよ、ケイ。そこさえ押さえてしまえば、こちらの世界に来てからのことをそのまま答えればいいはずです。ただし、動電術のことを除いてですが。』


「わかったよ。」


これで僕は多分この子達の血の繋がらない弟として生きていくことになるかもしれなかった。



そうこう話している間に僕たちは錬金術省本部に到着した。

それは装飾の施された支柱に囲まれた巨大な神殿のような外観をした建造物だった。

羽の生えた杖に二匹の蛇が巻きついている大きなシンボルが刻印されていた。


扉を開けて中に入ると、格式高そうな深紅の絨毯が敷かれていて、大理石で出来たカウンターに受付嬢と思われる女性が佇んでいた。

僕達は持ってきた書簡をその受付に提出し、出頭に応じた。

すると、螺旋階段を通って二階へ行くよう促され、一番奥の部屋へ案内された。


『はあ~っ。やっぱりね。』

アルメルはすっかり諦めたように言った。


『ジジイの執務室です。』とクロメル。


「しーっ!聞こえたらどうするんだよ!」と僕は囁き声で(たしな)めるように言った。


アルメルは扉をノックした。


『入りたまえ』という声が扉の向こう側からした。

僕達は扉を開けて三人で部屋に入った。


色白で金色の髪に金色の口髭を生やした小太りの男が、L字型をした木目調の机の向こう側に見えた。


『久しいな。巡環錬金術の双子。』


彼女たちは小さく会釈をしたので、僕もつられて一礼した。


『お前たちが送ってくれた書簡、読ませてもらったよ。実によく出来ていた。石棺された遺骸を私も少し見させて貰ったが、あれは紛れもなく合成獣だな。』と男は言った。


『合成獣…?既によくご存知の存在だという風に聞こえますが。』とクロメルが口を開いた。


『そうとも。当然知っている。世間の有象無象どもは知らないだろうがな。』


確かにいちいち癇に障る言い方をする男だと、僕も思った。


『合成獣は数年前から国内で散見されるようになった現象でな。』


『なぜ公表しないんですか?』とアルメルは口を挟んだ。


『公表出来るわけが無いだろう。こんな存在が世に広がれば錬金術省が築いてきた秩序が失われてしまうからなあ。君達がよく知っている17人殺しの真相と同じでな。ワハハハハ!』


『何が可笑しいんでしょうか。』

クロメルが震える声で言った。


『おっと失敬。そろそろ本題に入るか。今日君達を呼びつけたのは、話を聞くためではない。逆に私の話を聞いてもらうためだ。』男は依然へらへらとした態度で話を続けた。


『単刀直入に言おう。君達がこの合成獣という存在を誰かに口外することを禁ずる。この発生源は我が錬金術省がいち早く特定し、人間社会のために利用されなくてはならない。』


この男の言う「人間社会のため」という言葉は、僕が聞いても嘘っぱちだとわかった。


双子は心底軽蔑した表情で『わかりました』と小さく答えた。


『よろしい。ところでさっきから一緒にいる小僧は、報告書にあった者かね。』


「はい!」僕は返事をした。


『君には聞いていない。この双子に聞いているんだよ。』と男は一瞬冷たい目をして僕を睨みつけた。


『そうです』とアルメルは答えた。


『そうか。自己紹介が遅れて申し訳なかった。私は錬金術省の大臣をやらせてもらっているクリウス・メルディブスだ。』


「ケイと言います。よろしくお願いします。」

僕は深々と頭を下げたが、クリウスは全く僕の方には目もくれなかった。


『君達は聞くところによると、このケイとかいう少年を助手に付けようと言うのだろう?ならばそいつもお前たちに比肩する程の等級保持者か?』


「僕は全く錬金術が使えません。」

僕はなんの抵抗もなく正直に述べた。


『なんと!これは珍しい、今どき全く錬金術が使えぬものなど、そこいらの動物くらいのものだというのに!ワハハハハ!ケイとやら、出身は?』


「分かりません。」

僕は手筈通り答えた。


『この子は記憶をなくしています。身寄りのない彼を我が家で引き取って暮らしている状況です。』とクロメルは補足した。


『ほう。記憶を無くした孤児か。そんな者を助手に選ぶとは、情でも移ったか?そういえばお前たちが追っている、シャールとかいう小僧も孤児だったらしいな。そいつも今に何かやらかすんじゃないのか?ワハハハハ!』とクリウスは逆撫でするように笑った。



そして『取り消せ…』とアルメルが小さな肩を震わせながら口火を切ったのだった。











そうだ、たしかそんな経緯(いきさつ)だった。


『そんなに喚き散らすこともないだろうに。まさかその出自も分からんような野良犬を()()とでも言いたいのかな?』


火さえ着けてしまえば、あとは油を足していくだけでいつまでも燃え続けるオイルランタンに、少しずつ油を差していくみたいだった。


双子がとうとう辛抱たまらず、反撃の言を浴びせようかという時に、大きな音を立てて扉が開いた。


『もうそれくらいでいいでしょう。』


短髪で、黒いスラックスにワイシャツという姿の若い男が執務室へ入ってきた。

事務次官と見られる人物だった。


それを見た双子はしまったという顔をして、矛を納めた。


『盗み聞きとは関心せんな。』とクリウスはその男に言った。


『あれだけ大きな声が聞こえれば、誰でもおかしいと思って飛んでまいります。メルディブス様、この者たちをからかって遊んでる場合ではありません。今日中に終わらせなければならない執務が、まだ山ほどあるのですよ?』



そう言って事務次官らしき男は双子をちらと見たあと、僕の方へ一瞥くれ、僕たち三人に退室を促した。









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