1-11 十七人殺し
結果から話すと、僕達は途絶えてしまった蒸気機関車のレールを復旧することはかなわなかった。
車体の目と鼻の先でプツリと無くなってしまっている金属製のレールは、どうやらそこから300メートルは失われているようだった。
クロメルとアルメルは張り切って線路の補修に尽力しようとしたが、問題はそう簡単ではなかった。
これを今ここにある資源だけで補修するには汽車のボディをスカスカにしても出来るかどうか。
もっとおびただしい量の鋼が要る。
通信技術が発達していないこの世界では資材を要求するのにも自分たちの足を動かすほかなかった。
車掌は乗組員と乗客を連れて最寄りの村を訪れ、そこで馬を借り、補給が望める街まで使いを出すという策を執ったが、この判断は最善と言ってもいいものだと思った。
最寄りの大きな街までは早駆けの馬にまたがったとしても片道で一日弱ほどかかるらしかった。
そのあと街で鋼を集めてここへ持ってくるとなれば、人や馬を追加で雇い、首尾よく事が運んだとしてもざっくり三日はかかるだろう。
僕たちは役立たずになってしまった蒸気機関車をその場に捨て置き、半日ほど歩いてなんとかグラウス村という人口数百人程度の小さな村に日暮れ前にたどり着くことが出来たのだった。
村には旅人が宿泊できる宿も何軒かはあったが、乗客のすべてを宿泊させるだけの客室は備えていなかった。
周囲の民家に交渉し、この一件に収拾がついた暁には、鉄道会社から報酬が支払われることを条件に乗客の三分の一程度を受け入れてもらっていた。
僕たちはというと、あの獣を撃退した功績を鑑みてくれたらしく、三つのベッドを備えた一部屋に宿泊させてもらえることになった。
乗客たちは疲れきった身体の汗を浴場で洗い流し、あるものは団欒に混ざり質素な夕食をとり、あるものは酒と共に拭いきれぬ不安を飲み下し、あるものはがっくりと肩を落とし眠れない夜を過ごした。
『・・・眠れないの?』
夜更け、宿泊している宿の屋外にある木製の長椅子に腰かけている僕に、宿の出入り口の扉を開けて現れたアルメルが言った。
「アルメルか・・・、今日は疲れたろう。早く寝たほうがいいよ。」
僕はあのような有事の時に、ただ立ちつくすしかできなかったことを悔やみ、自分にどんなことが出来たであろうか?どうすべきだっただろうか?と考えを巡らせていた。
思えば、この世界へ漂流するきっかけになった事故が起きた時も、僕はただただその場に立ち尽くして、その元凶を呆けた顔で眺めているだけだった。
そんなことをぼんやりと考えていたら、眠気などはすっかりどこかへ失せてしまい、気分転換に外へ出てみたのだった。
『隣、いいかな?』
僕は小さく頷いた。
宿の入口にある篝火がパチパチと音を立てながら、暖かな光を揺らがせ、彼女の横顔をたまに強く照らしていた。
「昼間は凄かったな。さすがだよ。」
何も役に立てなかった悔しさを滲ませながらそう漏らした。
『ケイ、ごめん!!!』
彼女は話の筋を無視して僕に頭を下げた。
「えっ、ちちちょ、ちょっと?」
僕は予想だにしなかった彼女の行動に困惑した。
長い沈黙の後、彼女は切り出した。
『あたしのお父さんとお母さんね・・・・・・死んじゃってるんだ。』
「・・・・・・・やっぱりそうなんだね。ごめん。」
僕は双子の反応を見て、多分ご両親にはもう会うことはできないんだろうとは、なんとなく察していた。
『シャール・タフル。それがあたしたちの両親を奪った男の名だよ。』
僕は大きく目を見開いて、俯く彼女の方を向いた。
「え・・・それじゃあ君の両親は殺されたっていうのか?」
『うん。』
アルメルの瞳から大粒の涙がひとつ、頬を伝った。
それを手の甲で拭いながら彼女は続けた。
『17人殺し。世間ではその事件のことをそう呼んでる。そして、それを引き起こした男はまだこの世界のどこかで生きてる。』
アルメルは憎しみに満ち満ちた顔をしていた。
いつものような、明るくて、朗らかで、可愛らしい彼女はどこにも無くなってしまったようだった。
「17人・・・殺し・・・?」
『そう。ここ半世紀で最悪の大量虐殺事件だよ。』
「君らのご両親以外にもそんなにたくさんの人が亡くなったのか・・・」
『うん・・・それもあたしの両親以外で被害にあったのは全部子供だよ。この事件はね、あたし達がまだ11歳の頃に、学校で起きたの。』
アルメルは潰れてしまいそうなくらいに小さな拳を握りしめ、肩を震わせていた。
「学校で!?じゃあそのシャールとかいう男は、その学校の教員か?」
『教員は両親のほう。その男は生徒だよ。あたし達のクラスメイトだったの。』
「えっ。」
あまりに想定と違う物語に、僕は返す言葉を失った。
その頃の双子と同じ、わずか11歳の男の子が大人を含む17人を殺害してまんまと逃げ延びたという事実に腰を抜かしていた。
「そいつはどうやってそんな17人も一度に・・・とても子供に出来るようには思えない・・・」僕は去来した疑問をそのまま口にした。
『刃渡りの長い刃物で次々と被害者に斬りかかった、ていうのが確か表向きの発表だったと思う。』
「表向き?」
『あれは錬金術だったよ。』
「錬金術・・・?それでその長物を錬成したってこと?」
『そうじゃなくて、錬金術そのもので・・・あたしの両親やクラスメイトをっ・・・・・・目の前で・・・ふぅっ・・う・・・・ぐちゃぐちゃに・・・・・・』
『錬金術はっ・・・生き物相手には、使えない。だけど、ふっ、ふぅぅ・・・あたしたちはそれ・・・を実際にこの目で見ちゃったの、だけっ・・・ど、はぁっ・・・うっ』
アルメルはもう嗚咽をこらえることが出来ないほど感情が昂っていた。
思い出すだけで、口に出すだけで、こんな風に取り乱してしまうほどの強い悲しみとトラウマ。
汽車の中で僕が軽率にも彼女達に対して投げかけた質問は、こんなにも重たいものだった。
アルメルが話したくないと言ったのも今なら頷ける。
この子達はトラウマを乗り越えて、精一杯この悪夢を心の奥の方にしまい込んで、普段あんなに明るく振舞っていたかと思うと、僕は本当に愚かで莫迦なことをしてしまったんだと再び深く反省した。
「アルメル、一旦、落ち着こう。」
そう言って僕は、彼女の頬に両手の平を当てて、泣き腫らした両目からとめどなく溢れてくる涙を親指の腹で拭った。
すると、アルメルは僕の胸板に額をコツンとぶつけて、頭を預けてきた。
『ごめっ・・・んね、少しだけ借りるね・・・』
オレンジフラワーの柑橘系の香りがふわりと僕の鼻をくすぐった。
「うん。落ち着くまでそうしているといい。」
僕はそう言って、ふうふうと泣いている彼女の少し癖のある髪の上に掌をぽんと置いた。
彼女は少し経つと落ち着きを取り戻し、その先のこと少し聞いたあと、僕たちは部屋に戻り眠りについた。
要約すると、シャールという男の子は授業中に何の脈絡もなく級友たちを錬金術でバラバラに解体してしまったそうだ。
教室は悲鳴と飛び散った血と真っ二つに引きちぎられたような子供たちの遺体で満たされた。
そこに僕の敬愛する双子も居合わせたのだった。
しかし、彼女が話した通り、世間一般的常識では錬金術は生き物には使えない。
いつかクロメルが僕に講座を開いてくれた時に、エナを持つ物質には錬金術は使えないと説明してくれたことを思い出した。
「刃渡りの長い刃物で斬殺した」と誤った報道がされたのは、その常識を覆す特異点が生まれてしまったことを世に秘匿するために、錬金術省から圧力がかかったかららしかった。
そして彼女たちはそのシャールという少年を追うために二級錬金術士を志したそうだ。
二級錬金術士になれば中央から斡旋される業務で、支給される出張手当を使ってさまざまな地方へ足を運んで情報を集めることができるからと彼女は話していた。
クロメルとアルメルの錬金術の腕前を知ってから僕は、21歳にしてこの世界における超エリートである二級錬金術士に認められたこの双子はこれからどれだけ華々しい人生を歩んでいくものだろうと羨望や憧憬に近いような感情すら持ち合わせていた。
でもそれも表向きの彼女たちでしかなかった。
その出自は血塗られていて、原動力の根元にあるものは怨恨に満ちているのかもしれなかったことは、僕に強いショックを与えた。




